劇場公開日 2022年12月3日

「人を選ぶ映画。」THE FIRST SLAM DUNK CBさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0人を選ぶ映画。

2022年12月15日
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鑑賞方法:映画館

選ばれた人:マンガを読んでストーリーが頭に入っており、各人物がどういう人かわかっている人。
選ばれなかった人:そうでない人。

2022/12/16追記
…と上のように書きましたが、何名かの方から「選ばれなかった方だけど楽しんだぞ」との声をいただきました。そうであれば、より嬉しいことです。上のコメントは、俺の早とちりだったかもしれませんね。

本作は、インターハイ2回戦、優勝候補最右翼の山王工業と初出場の湘北高校の試合しかやらない。つまり漫画では最後の最後、クライマックスの1試合のみ。その試合と並行する形で、漫画で語られなかった「この試合でひとつの解決に辿り着く、リョータの人生の振り返り」。
選ばれなかった人からみたら、リョータ以外、誰の説明もないので、チームの5人(いや小暮入れて6人か)、監督、マネージャーの誰もどういう人かわからないまま試合は進みます。いやあ、聞いてみたいわ。間違ってこの映画観ちゃった若い人の声。俺が未読でこの映画観たら、「なんだこの映画?」って書くだろうな。

それだけ極端に割り切っただけに、試合はかなり描かれる。
それでも前半はかなりカットし、後半戦に絞って描く。(なので、なぜ三井がヘロヘロなのか、恐らくわからないし、河田弟もいつのまにか投入されている。もちろん、今回選ばれた側の人たちは既に熟知しているので、問題ないのですが(笑))
測った訳ではないが、124分の半分が試合、その2/3が後半とすると40分。つまり実時間で20分の試合後半を、倍の40分かけて描いたのがこの映画ってことだろうか。

「スラムダンク」で飛躍的に画力向上し、「リアル」「バガボンド」である領域にまで達している井上先生の、「俺の絵は、あのアニメじゃねえ!!」って叫びが画面から聞こえてくるようだった。そうだよね、井上先生、あなたの絵は、これですよ!! この写実的な絵。それは感情をデフォルメで表現しない分、無機的、無感情的になりやすいのだけれども。その絵で、感情がほとばしる漫画を描く、そんなところまで先生は行っているんですよね。

今回俺がぜひ観たかったのは、漫画でも "無声" どころか "無音!"で描かれたラスト30秒のシーン!! 俺が勝手に「漫画史に残るシーンのひとつ」だと考えているシーン。73ページに渡るそれは、俺に、漫画の凄まじい可能性を感じさせた。

漫画における「音」は雰囲気、空気感、現実感を伝えるもの、「声」は感情と描ききれない状況補足を伝えるもの。どちらもなくてはならないもの。
それらなしで3分間が描かれるというすごさ。その間、俺たち読者はどれだけ漫画と一体化しているのか。
そしてさらにラストわずか30秒間を描くページ数、その密度。読んでいる俺たちの体内時計が0.1秒刻みとなり、かつその0.1秒ごとの各自の動きがコマ送りであるのに、俺たちの頭の中では、明らかに速くかつ流れるような動きにしか感じられないということの凄さ!  いまこの文章を書いていても、思い出してあらためて身体が震える。

会社のそばの中華料理屋にすでに茶色く変色した「スラムダンク」が揃っているのだが、それを毎週、後半5〜10冊読んで、毎週、店主の前で涙してきた。さすがだ、「スラムダンク」、あんた、ほんとに凄いよ!

井上先生の絵は、もともと動画に近いのだと思う。もちろん動画ではないが、先ほど書いたようにコマ送りかな。コマとコマの間はもちろん読んだ俺たちが補完するのだが、ラスト30秒はそれすら必要としない密度なのだろう。
その3分間、およびラスト30秒間は、映画ても、見事に描かれていた。ここを観に来たようなものだから、大満足だ! そして、その上であえて言いたい。「漫画と同じく大満足」であり、映画だからと言って、漫画を超えた訳ではなかった。いや、それだけ漫画のあのシーンが素晴らしく、かつ映画的だったってことなんだと思う。ありがとう、井上先生。俺に、あのシーンを、異なる姿で二度も観せてくれて。

今回の映画、あっさり完成して公開されたことが、実は少々意外だった。というのは、「井上先生が監督やるんじゃ、こだわるから予定通りには完成しないでしょ」というのが家族内での予想だったからだ。観て腑に落ちたことは、「そっか、モーションキャプチャーに上書きする手法を使ったのか」という点と、試合後から映画のエンディングまででその使用率が急速に上がった点だ。これで間に合わせられたんだね。エンドロールみると、"モーションアクター" も10人以上いたものね。

間に合わせてくれて、俺たちにこの映画を観せてくれてありがとうなんだけれど、一方で井上先生の絵にはあわないとも思った。おそらく、俺たちが井上先生の絵から感じとる "人の動き" は、実際の人の動きよりわずかに速く、そこにリアルな人の動きが混ざってくると、ややスローモーに感じるのだ。負けた山王の動き、勝ったとはいえ力を使い果たした湘北の動きなのだからゆっくりで当たり前じゃんとも言えるが、なんというかもっさりした動きなのだ。今回観てそれを感じられた点は、逆に漫画という静止画の凄さを再認識できたこととして、よかった。人間の想像力の凄さであり、それを引き出す絵やコマ割りの凄さなのだろう。

ただし一方で、ここのレビューでキブンさんが書いていたが、「ディフェンスされる際の圧」、それはたしかに漫画を超えて描かれていたように思います。そっか、アニメでしかできないことも、やはりあるんだ…

ああ、そうだ。やっぱ花道はリバウンドたわ。その速さもよくわかって、その点もアニメの良さが生きましたね! 思い出させてくれたかんさん、ありがとう。

最後に、なぜ、FIRST(最初)?
これが俺のアニメだ!という「元祖」みたいな意味?
それともまさかとは思うけど、ラストシーンで描かれた、「別ステージで再びマッチアップした二人」を主人公として始まる、新たな「スラムダンク」の時系列的な「最初」?
もし後者だったら、それを描こうとする井上先生のエネルギーには脱帽です!!!

2023/06/18
…と書いたが、不明を恥じます。「試合終了後以降をモーションキャプチャーで撮ったのか」といったように感じて書いたのだが、実際は全く違った。試合こそが、モーションキャプチャーをフルに使った制作だったと雑誌「CGWORLD」298号(思わず買っちゃったよ)を読んで理解しました。反省し、以下訂正します。
本作は、原作コミックがあるので、絵コンテ作らずにスタートし、試合全てを実際の選手10人が「動きの指示書」に従って動くのを48台のカメラでモーションキャプチャーし(プレイパート以外は、MVNでやはり撮っておいたとのこと)、それをもとにプリビズ(Previsualization)を作り、それを中心に進めた、とのこと。
まず東映ツークン研究所によるモーションキャプチャー撮影が2018年8月末から17日間。様々なアングルからの絵を時間軸に沿って並べることを、ACT iiiスタジオとダンデライオン社が共同で3か月。
一方で、井上先生の今の絵柄に寄せたキャラクターモデル開発が2014年5月から2015年2月〜2017年9月の中断を経て再開。
リグ開発(最少の編集箇所で動かす仕組み)を2017年秋から。
プリビズでショットナンバーがほぼ確定する実写に似た作り方。次工程のレイアウトでカメラ位置確定、プライマリ工程でドリブルやパスの際の手の動きを加え(さらに大量のレタッチ)、セカンダリ、ポリッシュといった段階を経て、完成となったと聞く。
こういった作業に裏付けられた素晴らしい仕事、日本のアニメーション映画にとって一つのエポックメーキングだった本作を、改めて尊敬しました。

2024/9/17
ラスト30分だけを、配信であらためて見直した。
すごい。
ワールドカップでリアル大逆転劇を繰り返し観たので、この作品の感激も少し薄れてるかな、と思ってだったが、決してそんなことはなかった。素晴らしかった。

リョータと母の海岸での出会いと会話。敗戦後の沢北を描写してからの、リョータと沢北のMBAでのマッチアップという本作のエンディングももちろんかっこいい。ただ、今回の鑑賞時は、なぜか、漫画のエンディングである海岸の病院でリハビリする桜木のシーンを期待してしまっていた。あれも「急激な場面転換からの、しみじみしてかつ未来への希望を感じるエンディング」で、強烈にカッコよかったからなあ。

CB
たなかなかなかさんのコメント
2023年3月18日

CBさん、コメントありがとうございます♪

原作漫画の山王戦は、本当に何度読んでも泣けてしまいますよね😭
今回の映画を観て、改めて井上雄彦先生の天才っぷりに驚嘆しました…!

たなかなかなか
CBさんのコメント
2022年12月29日

ふふ。それ、素晴らしいです!

CB
もりのいぶきさんのコメント
2022年12月29日

CBさん、コメントありがとうございます。
(ノリに突っ込んで頂いて感謝です)

この作品、
選ばれた人・選ばれなかった人 の他に

「体育館の入口付近で中の様子をうかがっていて
気が付いたら中に吸い込まれて応援席に居た人」

こんな感じの方が沢山いるような気がします。

もりのいぶき
永田製麺さんのコメント
2022年12月17日

コメありがとうございます。
本作映画として最高だぞ派なんで、原作知らない人でも十分面白いとおすすめしまくってます。
何が良いって、井上雄彦監督が客を信じて作ってるのが最高なんですよ。

永田製麺
CBさんのコメント
2022年12月16日

ふふ。

CB
bionさんのコメント
2022年12月16日

ラスト30秒の完成度はヤバかったですね。1コマ1コマ、マンガを追っていって緊張しながらページをめくる感覚そのままでした。しかも、多くの人とその緊張感を共有できて、最高の気分。
リョータと三井を思い出すまで「選ばれなかった人」でしたが、新鮮な気持ちで見れてよかったかも。
初めて見た人は、スゲーもの見たって、衝撃を受けたと思います。

bion
だるまんさんのコメント
2022年12月16日

無音、、、凄かったですね。
映画館には半分くらい席が埋まっていましたが、誰一人声も音も出さずに、観客も一緒に作り出した時間でだと思いました。
話すのはもってのほかですが、ポップコーンとか、鼻水すするとか、咳もなく、素晴らしい時間でした。
映画館の外では、あの名セリフも無音なのかと、不満な方もいらっしゃいましたが、無音だった分、「あのセリフ!」と際立ちました。
でも、知らないと「なんて言ったのか?」と思うだけですよね。ファン向けですね。

だるまん
大吉さんのコメント
2022年12月15日

CBさんのレビュー読んで、スラムダンクファンの方、選ばれた方たちが本当に羨ましいと思いました。遅ればせながら漫画読んでみます。

大吉
NOBUさんのコメント
2022年12月15日

今晩は。
”井上先生の絵は、もともと動画に近いのだと思う。”
 仰る通りですね。私は、「SLAM DUNK」は今夏初めて読んだ初心者ですがバスケ経験者にとっては、例えば三井の3ポイントシュートを放った後の、身体が僅かに後傾する描き方や、地味ですがピポッドのシーンが好きです。
 で、映像化されるとピポッドの際のバッシュ―の”キュッ”と言う音や、ワン・オン・ワンでのバスケの音が心地良く・・。
 私は、三井と似たポジションのSGでしたので、プレスの際の疲労は半端なかったですが・・。
 ”FIRST”については、pipiさんが的確なコメントをされているので、この辺で。では。返信は不要ですよ。
 - 明日公開の”アバター”の上映時間を見て、本日急遽周囲に”ゴメンネ、御免ね”と言いまくって、14:00に上がろうと画策しているNOBUでした。ダイジョウブか、オイラの膀胱&大したことのない地位・・。-

NOBU
pipiさんのコメント
2022年12月15日

わーい♪
お互いに同時にコメ、書き合ってる♪

こちらこそ、たっくさんのお褒めのメッセージありがとうございます〜。
CBさんのレビューも感動ものの名レビューですよー^ ^

pipi
かんさんのコメント
2022年12月15日

いいレビューだと思います。ネタバレになると思い一言コメントにしました。

かん
pipiさんのコメント
2022年12月15日

あ、書きそびれた!

FIRSTの意味は
「あなたが初めて出会うスラムダンク」
だそうです。
既読の人も未読の人も、漫画ファンもアニメファンも、誰もが
「まだ見た事のないスラムダンク」だと。
(私も仲良しのレビュアーさんに教えて頂きました。)

だから、私のレビューに敢えてfirst impressionという単語を入れてみたの。数詞じゃなくってそっち系の使い方のfirstですよーという想いを込めて(笑)

pipi
pipiさんのコメント
2022年12月15日

CBさんの詳細な分析、凄いです〜♪
名レビューですね。

私は高校の頃から「自分はアニメファンではないな。漫画好きなのだな。」という強い自覚を抱いています。(まぁ、当時の「漫画原作のアニメ化」にガッカリさせられる経験が度重なったからかもだけど。幼少期のロボットアニメなどは大好きだったし、今でも好きだしw)

安彦良和や宮崎駿のように漫画とアニメの親和性が高いというかアニメになってこそ漫画の良さが引き立つという作家もいるけど(雑誌Newtype系に多い気がする)
「漫画だからこその表現」「漫画だからこその凄さ」を有する作品って名作クラスの漫画に多いと思います。スラムダンクも間違いなくその一つ。

脳内で自然に補完される表現の凄さというのは、単体で完成している作品よりも、もっと大きい感動を生む可能性を有していると思います。
「五感で感じ取れる感覚情報を超えた、その先にある凄さ」
「それこそが漫画特有の醍醐味」
CBさんのラスト30秒の分析を読んで、そんな事を思いました^ ^

pipi