「混乱は枠におさまりきらず映画のうちの全てを撓めてくる」ファーザー ピラルクさんの映画レビュー(感想・評価)
混乱は枠におさまりきらず映画のうちの全てを撓めてくる
時間やカメラワークに急かされないのに緊迫感は途切れず、思考は終始揺さぶられ組み立て直しを強いられる。銀幕のアンソニーを他所でいくらか知っているがゆえに、さらに効果的に迫ってくる。私たちの知るアンソニーは、眼光鋭く頭脳明晰。見過ごされている真実を、今のこの場から鷲づかみにえぐり出してみせる。確かにそういうアンソニーも一面で健在なのだ。だから彼の見ている世界にすんなり引き込まれる。そして彼と混乱を共有してしまう。なんという配役の妙。
しかしアンソニーの世界は……と囚われていたら、なんと監督は観客の背後をとって技をかけてきてたのだ。アンソニーの世界だけで七転八倒しているところに、輪をかけての混淆へと。あの首を絞めるシーンは? 思い違いの覆しのさらに覆し! 劇中劇のような二重構成で混乱世界を混乱模様に描いて、もはや混乱は枠におさまりきらず映画のうちの全てを撓めてくる。音飛びするCD再生のように劇は乱れ、それが劇が作ってもいる。なんという構成の妙。
アンソニーの世界、そしてそれを傍観していた観客の世界も、すべてが混乱の極みに達したところで、難しいトリックを説明する必要もなくラストを迎える。すべては一個人の病なのだ。これだけスリリングでサスペンスフルな展開をひろげておいて、なんらネタ明かしをしなくてよいなんて、これまたなんという筋立ての妙。
樹の葉が光を享け命を全うする。人もまた然り。記憶の葉、一葉一葉でもって日常を無事に暮らせていることに気づかされる。筋立てとしては徹底的にひっくり返され続けたけれど、ラストはしっくり落ち着けた。
すばらしい作品。さすがのアンソニー・ホプキンス。それとアン役のオリビア・コールマンの醸しだしている味。将来のリメイク版は残念ながらオリジナルを越せないと、彼女でもって既に決まってしまった。