「ドイツ史の抱える業を語る一家の歴史」ハイゼ家 百年 Boncompagno da Tacaocaさんの映画レビュー(感想・評価)
ドイツ史の抱える業を語る一家の歴史
東独のインテリ階級で育った監督の三代のファミリー・ヒストリーだが、全編が家族や友人の手紙や日記、記事やシュタージの報告書などの朗読で、思い出写真や所縁の地の現況の他は現在の東独の鉄道風景が流れるだけ、朗読ドキュメンタリーとでもいうべき異色の作品だが、一家の歴史がドイツ史そのものだった。
祖母がユダヤ人だったため、祖父は教職を追われ、祖母の実家はみな強制収容所へ。戦後の東独で大学教授の父は反体制文化人の糾弾に加わらず、職を解かれ、家族はシュタージの監視下に置かれる。しかし、気骨ある知識人の意地を見せてくれるのは、この映画の朗読以外の唯一の音声である父とミュラーの対話の録音で、これが素晴らしく、東独の体制下で読むブレヒトのアクチュアリティを語っていて、これを聞くとブレヒトを読みたくなる。
ナチスと東独の体制に苦しんだ彼らが冷戦後の市場優先の世界を快く思っていない屈折は理解できる。東西の格差が埋まらぬまま失業者の若者がネオナチや極右に流れていくのを見ても彼らはそこにドイツの抱えた業を見る。冷戦終結直後に反体制作家として脚光を浴びたクリスタ・ヴォルフが後でシュタージへの協力を批判されても、非協力がいかに難しかったかを知る監督の母は優しく慰める手紙を書いていたのが印象的だった。
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Boncompagno da Tacaocaさんのコメント
2021年5月3日
シュタージに非協力を貫き通すのは難しく、それによって作家の仕事を否定されるのはたまらないという文学者による文学の擁護であったと思いました。
talismanさんのコメント
2021年5月2日
クリスタ・ヴォルフとロージーのやりとりは、私も心に沁みました。ヴォルフのカッサンドラがとても好きで、ヴォルフとカッサンドラをどうしても私は重ねてしまいます。