「【”私はアン・ブーリンにはならない!”故、ダイアナ妃が自らの生き方を決めた葛藤と決意のクリスマス3日間を、幻想的且つ厳粛に描いた作品。クリステン・スチュワートの渾身の演技、美しさ炸裂の作品でもある。】」スペンサー ダイアナの決意 NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【”私はアン・ブーリンにはならない!”故、ダイアナ妃が自らの生き方を決めた葛藤と決意のクリスマス3日間を、幻想的且つ厳粛に描いた作品。クリステン・スチュワートの渾身の演技、美しさ炸裂の作品でもある。】
ー クリステン・スチュワートの渾身の演技、美しさ炸裂の作品である。
”トワイライトシリーズ”で一気に脚光を浴びるも、その後ナカナカ日が当たらなかったが、漸く、日が当たった作品である。-
◆感想
・今作は、故、ダイアナ妃と当時皇太子だったチャールズのカミラ夫人との浮気発覚後の1991年当時の冷え切った関係を、エリザベス女王の私邸、サンドリンガム・ハウスで行われた3日間のクリスマスパーティのシーンの中で、描いた作品である。
・ダイアナ妃は、皆が英国ロイヤルファミリーとして、一人一台づつ王室御用達者で到着する中、一人スポーツカーを自ら運転して、女王よりも遅く到着。
ー しかも、途中自らが育ったスペンサー家の土地に立っていた案山子から、ぼろい服を取りに行く・・。あのぼろい服は、ダイアナ妃が自らを奮い立たせる役割を持って、劇中描かれる。-
・到着早々、グレゴリー少佐(ティモシー・スポット:この人を見ると、英国って感じがする。)から、”体重計に乗って下さい”と言われ、渋々従う姿。
ー 帰る時に、クリスマスを楽しんだかどうか、一キロ増量しているか図るためだそうである・・。”何だそれ! ”寒いから暖房を・・、と言っても聞いて貰えない・・。旧弊的なイギリス王室の慣例が描かれる。-
・故、ダイアナ妃の部屋に入ると”アン・ブーリン”の生涯を描いた本が”何故か”置いてある。
ー 大変、象徴的な小物である。
ご存じの通り、”アン・ブーリン”は平民の家系だったが、王妃にまで上り詰める。だが、心移りした夫、ヘンリー8世から様々な罪を着せられ、断頭台の露に消えた王妃である。-
・ダイアナ妃は、終始、英国王室の旧弊的なしきたりや、パパラッチを意識した監視の中、苛苛を募らせていく。
ー 夫から贈られたパールのネックレスを夫が”彼女”にも贈っていた事が分かった時の、ダイアナ妃の怒りを込めたスープの飲み方・・。
そして、幻想の様に現れる”アン・ブーリン”の姿。
そんなダイアナ妃の哀しみと怒りを抱える姿を、クリステン・スチュワートが渾身の演技で魅せる。-
・彼女が心を許すのは、衣装係のマギー(サリー・ホーキンス)と、息子ウィリアムとヘンリーのみである。
ー ウィリアムとヘンリーの寝室に忍び込んで、幼い息子達と話す姿は、母親そのものであり、マギーから”ずっと愛していました・・。貴女の裸を見ながら・・”と”告白”された時の一瞬戸惑った後に笑う姿。
窮屈な王室の中で、この3人だけがダイアナ妃の支えであったのであろう。-
・朽ち果てた実家に夜中に入るシーン(そして、又も現れる”アン・ブーリン”)や、縫い合わされたカーテンを自ら、鋏で裂いていくシーンも印象的である。
ー 彼女は、自ら王室という旧弊的な組織を”抜ける決意”をしたのだろう。
実家で案山子で遊んだ幼少期のシーンを含めて・・。-
<ラストは爽快である。
雉撃ちの場に、林から現れたダイアナ妃は、夫チャールズに”止めさせて・・”。”と何度も頼んでいた雉撃ちを息子2人に止めさせ、王室のクリスマス途中でありながら、スポーツカーに息子2人を乗せ、ロックを大音量で流し、楽しそうに車を走らせるシーン。
そしてクリスマスなので、”キチンとした食事である””ケンタッキー・フライド・チキン”で実家のスペンサー伯爵家の名”スペンサー”と名乗り、川沿いの椅子で息子二人と、”ケンタッキー・フライド・チキン”を食べる姿。
彼女は、自ら苦悩しながらもこのクリスマスの三日間で、王室よりも母親として生きる道を選んだのだろうなあ、と思いながら映画館を後にした。>
■クリステン・スチュワートは昔からある理由で好きなのであるが(石を投げられるので、理由は書かない)、若い頃は演技が酷いとか、批評家からは散々であった。
それが、フライヤーを見ると、アカデミー賞、主演女優賞ノミネート!!だそうである・・。
”待てば海路の日和あり”だね、クリステン・スチュワートさん。
今作は、見事な演技でありました。
NOBUさん、観てきましたよー。
想像以上に良かったです。
ラストは爽快でしたね!あのラストがないと終始暗かったですし。
あの後、無性にケンタッキーが食べたくなってお店に駆け込みました(笑)