アウシュヴィッツ・レポート : 映画評論・批評
2021年7月27日更新
2021年7月30日より新宿武蔵野館ほかにてロードショー
「悲劇はまだ終わっていない」エンドロールで流れる思慮深くも大胆な実験的試み
2021年、世界が歴史的なストレスにさらされている中、第93回アカデミー賞国際長編映画賞のスロバキア代表に選出された「アウシュヴィッツ・レポート」は映画ファンが現実逃避や気晴らしのために見るような娯楽作品ではない。しかし、著名な哲学者ジョージ・サンタヤーナの名言が引用されるイントロダクションは全ての観客の関心を引くはずだ。「過去を覚えていない人は、過去を繰り返す運命にある」。
寛容、平和、人間性などの価値観を理想とする現代社会に生きていることを肯定するために、ホロコーストのような重いテーマについての映画を見るのではない。むしろ、その残虐行為と地続きの世界で同じ空気を吸う我々が過ちを繰り返さないよう、国際社会としてそれを覚えておく道徳上の義務があることを再確認するためだ。
本作の中心はアウシュヴィッツ強制収容所に投獄されたスロバキアのユダヤ人たち。彼らは収容所からの集団逃亡を企て、代表としてアルフレートとヴァルターを収容所の隅に積まれたベニヤ板の下の穴に隠す。二人は数日間身を潜め脱出のチャンスを伺うが、その間にも同じ監房の囚人たちは二人の行方を捜す看守たちに尋問され、拷問され、処刑されていく。その悲惨さは凄まじく、ある場面では生き埋めにされ地面から頭だけ出された状態の大勢の囚人たちが、その上を走り回る馬に容赦なく踏みつけられる。
アルフレートとヴァルターは地元住民の手助けでなんとかポーランドまで逃げきり、そこで赤十字の役員に収容所の悲惨な状況を訴える。ドイツが収容所を「難民キャンプ」であると宣伝していたために、連合国は石けんや布などの支援物品を送っていた。彼はその連合国の疑り深い代表者であり、最初は二人の主張を疑ってかかる。このシーンは、戦争が終わったことでアウシュヴィッツの残虐行為が忘れ去られようとしていたという恐ろしい事実を描いている。ユダヤ人大量虐殺は世界中からより多くの人間を焼却炉に送るための、ナチスによる大きなプロジェクトの基礎に過ぎなかったのだ。
本作のトーンやテンポは過去10年間アカデミー賞にノミネートされたホロコースト映画、例えば「ソハの地下水道」や「サウルの息子」に似ているが、大きく異なる点は「悲劇はまだ終わっていない」というニヒリズム的アプローチだ。悲劇とは映画のストーリーそのものではない。物語が終わり、エンドロールに流れる移民や同性愛者などの「よそ者」に対する不信感や差別を煽る現代の政治家の発言や、メディアで発信された声のサウンドコラージュでそれが表現される(そう、もちろんトランプの声も聞こえる)。このエンドロールはパワフルな映画のメッセージを補完する、思慮深くも大胆な実験的試みであり、映画史上最も感動させられるエンドロールの一つだ。