劇場公開日 2021年9月3日

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「全く不思議な人気刑事ドラマ」科捜研の女 劇場版 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0全く不思議な人気刑事ドラマ

2021年9月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

楽しい

現在継続中のTVドラマで最長寿シリーズの、満を持した映画化です。
元々は刑事ドラマの一類型ですが、警察の裏方である科学捜査研究所(科捜研)を主役に据えて事件捜査の地道なプロセスを描いており、派手なアクションシーンや息詰まる掛け合い、聞き込み張り込みや白熱を帯びる取調べ対峙シーンもなく、またロマンスも皆無です。といって推理ドラマのような主役の天才的洞察力で快刀乱麻に謎を解くような痛快さもなく、ひたすら研究員たちの実験・調査・分析するシーンが尺を占め、ドラマの殆どが室内で展開する、刑事ドラマとしては異例の地味な展開にも関らず20年に亘り高い人気を得てきた、不思議なドラマといえます。

但し、本作は、単にTVドラマを焼き直したのではなく、TV版を知らない観客でも十分に楽しめる、映画館で観るに値する作品に仕上げられています。
冒頭、主人公の榊マリコと老紳士との掛け合いシーン、夜の鴨川を見下ろしつつ、上空から徐々に視座を下げて屋上テラスラウンジに移る長回しは、実に見事なスタブリッシュ・ショットです。伊東四朗の下心を湛えた誘い方と、洒落たドレスやメークにも関わらず無粋でジコチューの沢口靖子との珍妙な遣り取り。TVドラマを知らない観客にも、舞台が優雅さと神秘さに満ちた京都であることと、マリコのキャラを強く印象付けながらも、ストーリー上の巧みな伏線を張っていました。

また本作では、TV版のように京都各地を映すこともなく、TV版以上に殆ど室内のみで展開し、アクションシーンもなく動きが少ない静的な画面が続きます。その上、20年間のTVシリーズ中の歴代レギュラーを次々と登場させます。長年の「科捜研の女」ファンへのサービスであり、歓心は高まる一方、やたらと登場人物が多くなっていきますが、但し、幹になるストーリーは一貫し、ブレたりサイドストーリーが膨らむことは全くありません。常にマリコとそのパートナーである土門刑事を中心にして、一気通貫で事件を深掘りしていくので、観客は混乱したり、ストーリーを見失うことは一切なく、ただただスクリーンに引き寄せられていきます。

時間はほぼ同じでも、本作は、時折TVでも放映される2時間スペシャル版とは全く異なります。CMで途切れることがないのは当然として、映画館の大画面に合わせて、寄せカットは少なく、引きのパンやトラッキングの多用によって空間的な広がりとスケール感ある躍動感を充満させ、室内のみで展開する映像の地味さを補う、映画館で観るに値する映像に仕上げています。ストーリー展開のテンポが速く、カット割りも小気味よく、次々とシーン転換はされながらもマリコの強烈な使命感とナチュラルな強引さを面白可笑しく描き、観客を弛緩させず、飽きさせません。

東映京都撮影所生え抜きの兼崎涼介監督は、これまでTV版で数多く監督をこなしてきており、手慣れた演出は澱むことなく、科捜研の女ワールドに浸らせてくれましたが、それは宗野賢一助監督との息の合ったコンビにもよると思います。宗野助監督はTV版では監督も務める技量であり、兼崎-宗野の名コンビ、それにキャラ設定やストーリーのツボを十二分に知り尽くした東映京都撮影所スタッフの並外れた経験値と創造性、更に桜井武晴氏の切れ味鋭い脚本、この三位一体によって最後まで息をつかせない上質の作品に仕上がったといえるでしょう。

ただ本作の結末は、やや不完全燃焼気味にフェードアウトしますが、これは劇場版そのものが、10月から始まるTVドラマ「科捜研の女Season21」の壮大な伏線となっているためです。小さな謎は解けたが、より大きな不透明感は寧ろ増しています。

尚、京都の名所シーンは少ないものの、ラストでの東福寺通天橋の紅葉は、艶やか且つ鮮やかさにマリコが映える優美さがあり、更にストーリー上での緊迫感の最高潮でもあり、このシーンは冒頭と並んで、本作で目に留めておくべき名シーンの一つです。

keithKH