「樽一杯のワインにスプーン一杯の泥水を混ぜればそれは樽一杯の泥水になる」竜とそばかすの姫 といぼ:レビューが長い人さんの映画レビュー(感想・評価)
樽一杯のワインにスプーン一杯の泥水を混ぜればそれは樽一杯の泥水になる
「音楽」も「映像」も「キャラクター」も、今年の映画の中で間違いなくトップクラスに入る素晴らしいクオリティなのにも関わらず、「脚本」というたった一点のみでこの作品は駄作へと成り下がった。ダムがたった一か所の亀裂から決壊するように、スプーン一杯の泥が樽のワインを泥にしてしまうように。
正直怒ってます。怒りのレビューです。超長いです。
笑えない。本当に酷かった。
一番好きなアニメ映画を聞かれたら『時をかける少女』を挙げるくらいには細田守監督ファンだったんだけど、擁護できないくらいに期待はずれでした。
映像や音楽など、クオリティが非常に高くて評価できるポイントももちろんあるんですけど、それ以上に物語の根幹にあたるストーリーや脚本や演出に関しては目も当てられない酷さでした。めちゃくちゃ期待していた細田監督の映画がこの有様で、強い失望とショックを受けました。後ろの席に座っていた女子高生が上映後に「超泣いた〜」とか言ってましたが、私は別の意味で泣きました。
ただ、先述の通り映像と音楽は本当に良かったので、本作を少しでも観る気があるなら絶対に劇場で鑑賞した方がいいと思います。DVDのレンタルや配信を待つのは避けた方がいい。劇場の大画面大音響で観ないなら観る価値は無い映画です。
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高知県の片田舎に住む女子高生のすず(中村佳穂)は幼少期に水難事故で母親を亡くしてからふさぎ込み、母と一緒に歌を歌うのが好きだったがショックから歌えなくなってしまい、父親との関係も険悪になっていた。そんな中、友人のヒロちゃん(幾田りら)から全世界で50億人が利用する仮想世界「U」を紹介される。現実では歌えなかったすずだが、Uの世界では歌を歌うことができた。すずは「Bell」と名乗りUの世界で活動を始めたところ、瞬く間に噂が広がり、一躍有名人になるのだった。
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まず、本作の良かったところを挙げます。
映像と音楽は本当に良かったです。
映画冒頭の映像と音楽がこの映画のピークですね。冒頭は仮想世界Uの大迫力な映像が流れ、ベルの歌う歌が流れます。「3D眼鏡を掛けてるんじゃないか」ってくらいに、目の前に迫ってくるような大迫力の映像には圧倒されますし、歌も魅力的でした。このシーンだけでも映画館で観る価値があったと思います。
これ以降は酷評しますので、『竜とそばかすの姫』を楽しんだという方は不快になるかもしれないので読み飛ばしてください。
●「事前情報からの期待が高すぎた」
本作には多くのテレビ局が関わっています。スタッフロールを観ると制作スタッフにはテレビ局関係者の名前がずらずらと並んでいました。その影響もあってか、公開前からテレビでの告知がえげつないくらいされていました。「カンヌ映画祭で上映されて14分間もスタンディングオベーションが止まなかった」とか。細田監督は自らハードルを上げまくり、見事にその高すぎるハードルに引っかかってズッコケたような印象ですね。「過去作を上回る作品になるんじゃないか」という期待を胸に映画館に行った私の期待は見事に裏切られました。
●「仮想世界の描き方がサマーウォーズから進歩していない」
本作の予告編などを観て、ほとんどの人は細田監督の2009年のオリジナル映画『サマーウォーズ』を想起したと思います。実際に観てみると全く同じに観えるんですけど、その「全く同じ」なのが問題なんです。つまり12年前の映画から進歩してないんですよ。2009年の『サマーウォーズ』の公開の後に、2018年にスピルバーグ監督の映画で『レディプレイヤー1』という魅力的なバーチャル世界を描いた傑作映画があったので、対比で細田監督の描くバーチャル世界が古く観えてしまいます。しかも今の世の中、VR技術やツイッターやYouTubeなどのSNSが発達しています。12年前には先進的だった細田監督のバーチャル世界に現実が追い付いてしまっているんです。このことによって、ところどころ「現実に負けてる」って思うシーンとか、現代のネットと比較して「現実的に考えておかしい」と感じてしまう部分がいくつもありました。バーチャル世界を描く映画の監督としては細田守監督は第一人者なんですけど、残念ながら既に一線級ではなくなってしまったのだと感じました。
例えば、龍が初登場するライブのシーン「ベルのライブに1億~2億人集まってる」というアナウンスが流れていましたが、これってYoutubeで言うところの「生放送の同時接続者1億人」ってことですよね。日本のYoutube生放送の同時接続者数歴代1位はジャニーズ手越祐也さんの132万人です。このことからも「ライブに1億人」というのが荒唐無稽であることは容易に分かります。「歌が上手いだけの女の子が、手越さんの100倍も観客を集められるわけがない。」っていうのがずっとノイズになってしまいました。
それだけ人気があれば絶対に莫大な広告収入が発生することが予想されますが、それを「慈善団体に寄付した」の一言で片づけるのは無理がある気がします。自警団のジャスティスには多数のスポンサーが付いているのに、あれだけ人気のベルにはスポンサーのスの字も見えないのも違和感あります。
龍が嫌われている理由として「データが破損するほどに攻撃的」ということがありましたが、それってそんな仕様にしている運営が100%悪いですよ。『サマーウォーズ』のラブマシーンとか『ぼくらのウォーゲーム』のディアボロモンがデータを破壊したりできるのには理由付けがちゃんとあったのに、本作には全くない。ここの設定不足は明確に過去作を下回っている部分です。作中で龍が嫌われている理由が語られても「それは龍がここまで嫌われている理由にならないだろ」ってしか思えないんですよ。
Vtuberなどが発達して「可愛くて歌が上手い」みたいな「可愛いくて○○」っていうアバター的な存在がありふれている社会になってしまったので「何でこんなにベルがこんなに人気あるのか」が全く理解できないんですよね。すずの親友のヒロちゃんがプロデュースしてベルが人気になったような説明はありましたが、過程がバッサリカットされていたので人気になった理由がサッパリ分かりません。
時代は進んでるんですけど、細田監督のネット観は12年前から進んでないですよ。いつまでそこに留まってるんですか。
●「脚本が本当に酷い」
本作は、原作脚本監督が細田守です。過去作でも『未来のミライ』で細田さんの脚本がやや批判的に評価されているのをよく見掛けましたが、本作も本当に酷かった。私は観てないんですけど『未来のミライ』もこんな感じだったんでしょうか。
とにかくキャラクターが全員「ストーリー進行の為に都合良く動く」んですよね。脚本が下手。
特に、誰もが気になったところであろう「何故ベルが龍に魅かれたか」という問題。ここが全く私は理解できなくて色んなレビュー見漁りましたが、納得できる回答は見当たりませんでした。ほとんどの人が「分からない」って書いてました。「見知らぬ子を助けた母親のように、自分も苦しんでる孤独な人を助けたかったのでは」というレビューも見掛けましたが、初対面のシーンでは龍がそういう「助けるべき存在」には全く見えません。
どうやら小説版では「背中の痣を見て、精神的に傷を負っていることが分かって興味を持った」という描写があるようですが、「痣」と呼ばれているものが映像で観ると「マントの柄」にしか見えないので、本当に意味不明な描写になってしまっています。小説版を読まないと理解できない不十分な描写でした。物語の根幹に関わる重要な場面ですので、絶対に龍のキャラデザインか脚本を修正すべきでした。
龍の正体が暴かれた後に明かされる龍がUで暴れてた理由も全く理解できませんし。「弟に強くてカッコイイところを見せたかった」っていう説明がありましたけど、AIの萌声で可愛いキャラクターに「ご主人様」って呼ばせてる姿が「弟に見せたい姿」だったんですか?
挙げればキリがないほどあります。「こういう展開に持っていきたいからこのキャラクターにこういう行動させてるんだな」っていうシーンが。
とにかく全編を通して細田監督の「こういう展開にしたい」「ディズニー(ピクサー)みたいなことしたい」っていう考えが透けて見えて、それを叶えるためにキャラクターたちがとにかく都合よく動いていた印象です。「細田守の脚本は酷い」とは聞いていましたが、想像を遥かに超えてました。
ハッキリと「俺の嫌いな脚本」です。2分に1回「それおかしくない?」って違和感がつきまとう脚本でした。
まだ言いたいことありますけど、これくらいにします。
本当に失望が大きかったです。細田守監督は大好きでした。
本当に期待して観に行ったからこそ、楽しみにしていたからこそ、今回の映画はガッカリしましたし喪失感が酷かったし、「もう俺の好きだった細田監督はいないんだ」って思うとちょっぴり悲しくて泣いたりしました。
ストーリー楽しみたいタイプの方にはオススメしません。観ない方がいいです。金の無駄です。
ストーリー気にせずに映像と歌を楽しみたいなら劇場で観てください。きっと満足できる映像体験ができます。
「レンタルやテレビ放送を待とう」と思ってるならやめた方がいいです。「迫力の映像と美しい音楽」だけが魅力の作品ですので、映画館の大画面大音響で観ないなら観る価値無いです。時間の無駄です。
【7月25日追記】
いくつかコメントいただきましたので、返信も兼ねての追記になります。
●「おそらくあなたが好きなのは細田守ではなく、奥寺佐渡子の脚本だったのでは?」
レビュー読めば分かる通り、私は細田守さんの脚本よりも断然奥寺佐渡子さんの脚本の方が好きです。それは認めます。
私は「細田守の脚本」は好きじゃないですが、「細田守の監督業」と「ネットの描き方」が好きだったんです。過去の細田作品には、「ネットは将来こうなるだろう」という先見の明や、ネットの繋がりに対する肯定的な理解のようなものを感じました。
しかしながら本作には過去作にあったような魅力的なネット描写は皆無です。Uの世界では多くのアバターが右往左往するだけで、OZのような魅力的な描かれ方がされていない。匿名なのをいいことに批判や誹謗中傷で人を傷つけるネットユーザー。自警団を気取る一部のユーザーが幅を利かせ、運営の管理が行き届いていない。過去の作品と比べても、明らかにネットの悪い面を強調して描いているように感じます。
しかもネットとリアルの二面性とか匿名SNSの恐ろしさとかは既に多くの映画で描かれてきた手垢に塗れたテーマですし、先進的で魅力的なネット世界を描いてきた細田監督が描くテーマとしては「今更?」って感じが拭えません。
このネット描写こそが、私が細田監督に失望した理由です。細田監督の魅力であったネット描写がこの体たらくだったんで、期待して観に行った分テンションが下がります。細田監督はこれでよくインタビューで「インターネットの世界をこれだけ肯定的に描く監督は世界でも僕くらいなのでは」とか笑って言えましたね。全く肯定的に描いてないですよ。むしろ「細田監督ネット嫌いになったんかな」って思うくらいには否定的な描かれ方でしたよ。
>ワジャさん
映画の楽しみ方は人それぞれです。あなたに私の映画の楽しみ方をとやかく言われる筋合いはありません。
ワジャさんのレビューを拝見しましたが、脚本がダメでも映像や音楽が良いから低評価にするのはおかしいという考えをお持ちのようにお見受けします。つまりワジャさんは泥入りワインも美味しく飲めるし小便入りプールも気にせず入れるタイプの方のようです。
でも私は無理です。泥入りワインは飲めませんし小便入りプールは入りたくない。「表面的に大した差はないんですよ」というのはワジャさんの主観でしかない。私にとっては☆1の低評価をするに足る大きな差です。
以上です。
俺的には技術的な問題よりも細田守監督自身の根深な部分に問題があるような感じがしたのだけれどもね。
端的に言うと彼には協力とか他人に対する協調・思いやりとかそういうところが著しく欠落している、というか真っ向から否定しているという点。
例として彼が手がけた作品「ワンピース:お祭り男爵と秘密の島」が判り易いのだけれど本来のワンピースは「仲間たちが一致団結して立ち向かう」という感じなのだが彼の場合は「終始仲間割れ」状態であった点。
おおかみこどもでも遺体の狼をゴミ収集車に直接ぶち込む、バケモノの子も主人公が枠外でチンピラを一方的に打ちのめす、未来のミライでも泣き喚く長男に対し父はガン無視、とかそういった監督の協調・思いやりに対するアンチテーゼがずっと継続して見せられている印象。それも脚本の出来に関係なく。失敗から何も学ばず、その点を引き継ぎ見せている、という惨状。
樽一杯のワインにスプーン一杯の泥水を混ぜればそれは樽一杯の泥水になる、とは言い得て妙ですが、そんな物呑んだら身体に良くないですね。
温水プールで誰か小便しても、泳ぎを楽しんでいる人は知らぬが仏、表面的には大した差はないんですよ。
楽しみ方を変えてみてはいかがでしょう?
売れる映画を作りたいって意図しかないんじゃないかとこの監督さんを見てると思えます。一流のスタッフ揃えてそりゃ悪くなるはずないけど、脚本という骨組みが良くないなら、着飾るだけ着飾って、モデルはそのへんのおばちゃんというのと一緒ですね。一般人は騙されるんでしょうか。洋服だけ観に行って感動するのもありなのかな。
私は 細田監督の作品は「サマーウォーズ」「オオカミ〜」「時かけ」しか観てませんが…「オオカミ〜」を観た時も、今回ように疑問と戦い(笑)ながら観てたので…それ以降の作品は怖くて観られませんでした。でも、本作の映像を予告で観た時、やはり「サマーウォーズ」のトキメキを期待しました!
なのに…😓やっぱり…ダメだったか…と。
細田監督がお好きだという事が非常に伝わるレビュー故、その失望感も察せられます。