「2人が一緒に過ごすシーンのその光景の何と美しくおかしく切ないこと。映像といい、構成といい、時間を巡る奇想天外なアイデアといい、全てが鮮烈に心に残りました。」1秒先の彼女 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
2人が一緒に過ごすシーンのその光景の何と美しくおかしく切ないこと。映像といい、構成といい、時間を巡る奇想天外なアイデアといい、全てが鮮烈に心に残りました。
日本版リメイク『1秒先の彼』公開を機に、オリジナルの本作を、TSUTAYAの宅配レンタルで見てみました。
監督・脚本は台湾のチェン・ユーシュン。1995年の初長編「熱帯魚」と97年の第2作「ラブ ゴーゴー」で、世の中の片隅で生きる。“ひとりぼっち”たちの人生が交錯する瞬間のかけがえのない感情をみずみずしく描き、日本でも熱い支持を集めた人です。
その後、CMの世界に活躍の場を移していましたが、10年ほど前に映画に復帰。通算5作目の本作で昨年、台湾のアカデミー賞とも呼ばれる金馬奨で作品賞など5冠に輝きました。
分類すればロマンチックコメディーということになりますが、この映画もまた、ひとりぼっちたちの物語といえそうです。
郵便局で働くシャオチー( リー・ペイユー)は、仕事も恋もパッとしないアラサー女子。何をするにもワンテンポ早い彼女は、写真撮影では必ず目をつむってしまい、映画を観て笑うタイミングも人より早いのです。そんな1拍のズレのせいか、いまだ独り身。職場では横を見れば彼氏のいる後輩(囲碁棋士でもあるヘイ・ジャアジャア)に複雑な気分に。
そんな彼女が、逆にワンテンポ遅い男と思いも寄らぬ形で巡り合い、人生を再発見するまでが、いきのいい笑いと涙と共に描かれます。
冒頭にシャオチーは、警官のもとへ駆け込みます。「なくしもの」をしたと告げるのです。失ったのはある1日。旧暦7月7日、七夕情人節。台湾ではバレンタインデーの恋人たちの日として、盛り上がる日でした。
場面は変わり、バレンタインデーの前日。シャオチーは、ハンサムなダンス講師のウェンセン(ダンカン・チョウ)からバレンタインにデートに誘われて、すっかり有頂天になります。しかし一夜明けて、目覚めるとなぜか翌日に!
バレンタインの1日が消えてしまった!?
消えた1日の行方を探しはじめるシャオチー。見覚えのない自分の写真、「038」と書かれた私書箱の鍵、失踪した父親の思い出…謎は一層深まるばかりです。
どうやら、毎日郵便局にやってくる、人よりワンテンポ遅いバスの運転手・グアタイ(リウ・グァンティン)が手がかりを握っているようなのです。そして、そんな彼にはある大きな「秘密」がありました。 失くした「1日」を探す旅でシャオチーが受け取った、思いがけない「大切なもの」とは!?
失われた「1日」に何が起きたのか。そこに至る軌跡が、現在と過去、日常とファンタジーの境目を巧みに行き来しながら描かれていきます。
物語は2部構成。前半はシャオチーの側から語られます。最初は、どこにでもいそうなおひとりさまの滑稽譚のように映ります。やがて消えた1日の謎に向き合うべく、置き去りにしていた記憶のかけらを集め始めた彼女は、どんどん魅力的に見えてくるのです。後半、視点がぐるんと反転し、彼女を思うグアタイの側から物語が語られ、記憶のパズルができていくと、果然、ぐっとくる展開となることでしょう。
誰もが日々の生活で見なれた職業に就く2人に、ちょっとした変な性格付けをすることでドラマが起動する脚本構成が素晴らしいのです。
記憶をめぐるラブストーリーが紡がれる本作は、同時にスペクタクル映画としての魅力も満載です。とはいえ大仕掛けなアクションやセットはありません。動くことではなく静止すること。そしていつも同じ場所を走り同じ場所に停まる路線バスが、いつもと違う場所を走り、違う場所に停まるということだけで、ハリウッド映画も顔負けのスペクタクルが展開されていくのです。
白眉は、生きるリズムの違い、いわば時差ゆえにすれ違ってきた2人が一緒に過ごす時間の描写にあります。その光景の何と美しくおかしく切ないこと。映像といい、構成といい、時間を巡る奇想天外なアイデアといい、全てが鮮烈に心に残りました。それはきっと単なる技巧ではなく、片隅に転がっている人生にやさしい光を当てる監督のフィロソフィーのたまものです。
仕掛けを確認するためにも、主人公たちの最高の。泣き笑い顔”と再会するためにも、ついDVDを巻き返してもう一度見たくなりました。
最後に、終盤でふたりを乗せたバスが、浜辺の海中道路を突き進むシーンは大変美しくこころに残りました。海のなかに、なんであんな道があるのでしょうね。物語を印象づける素晴らしいロケ地です。