サウンド・オブ・メタル 聞こえるということのレビュー・感想・評価
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繊細な音の表現
主人公のルーベンは恋人のルーと共にバンドを組みトレーラーハウスでアメリカ各地を移動しながらライブに明け暮れる日々を送っている。
しかし、ある日突発性難聴を患い、ほとんど耳が聞こえなくなってしまう。自暴自棄に陥るルーベンをルーは世間から隔絶された、聴覚障がい者の支援コミュニティーに入ることを提案。これまでとは全く違う環境で、ルーベンは自らの人生を前に向けるため、ある決断をする…。
まさに音に導かれる120分間だ。
冒頭のメタル演奏のシーンから観客はルーベンが感じ取っている音の世界に一気に包み込まれる。
爆音の中、ルーとの息の合ったセッションからは逃れることができず、片時も目が離せない。
しかし、それは突然やってくる。
突如耳鳴りがしたかと思えば、そこからはジェットコースターを降るかのように音を失っていく。
今作はその『音』に深く重点を当てている。繊細な音の表現が難聴の疑似体験かの如く観客を魅了していく。
シネマート新宿さんのブーストサウンドの重低音が身体の奥の奥まで響いたかと思えば、細かな自然の音は優しく耳を撫でる。まさに極上の音像体験だ。
ろう者の支援コミュニティでのやり取りも骨太だ。彼らは『耳が聞こえない』というハンディキャップをひとつの経験として捉えている。つまり、ハンディキャップではないのだ。『耳が聞こえない?だからなんだ?』と言わんばかりの強いメッセージ性には胸が熱くなる。
また、手話のできないルーベンと被せて、敢えて手話に字幕を入れない演出はとても粋だ。
耳が聞こえなくなり、自暴自棄になった主人公が前を向き、少しずつ再生していく様子を描く本作。突如として自分の身に降りかかった現実を受け止めることの難しさや困難さは、"明日は我が身"という言葉がある通り、映画を観ている私たちも120分間疑似体験することができる。喪ったものを数えるのではなく、いま自分にできることを見つめ、まさしく五体満足の私たちが、今日、明日やれることを考えると、日々はより輝いていくのではないでしょうか。
音映画
未だ完治は難しい。。。
日本語字幕の内容、タイミング、配置、書体に、関心!
画期的な主人公の表現
【映画のタイトル】
この作品は、観終わった後に、タイトルの意味を再考することになる。
ルーの助力のかいあって、薬物依存から脱したルーベンが、今度は、聴覚障害に陥り、ルーの助言や、施設のスタッフなどの協力もあってだが、絶望から立ち直っていく姿に胸が熱くなる。
演出も、観る側に、聴覚障害者の感覚を知らしめるようにしていて胸が苦しくなる。
前に、人間の耳は非常に微妙な調整を知らず知らずのうちに行っているという、人体の不思議をテーマにしたテレビ番組を観たことがあった。
騒音の程度にもよるが、聞きたいものを優先して聞くことが出来るような調整を行っているという話を含んでいた。
ただ、これは、聴覚という耳に関するところではなくて、聴覚をつかさどる脳の機能がそうさせているということだったように思う。
仕事に集中して、周りの音が気にならなくなるのも、そのうちの一つかもしれない。
(以下ネタバレ)
この作品は、ルーベンが立ち直る姿に心が打たれるが、個人的に衝撃だったのが、ルーベンがインプラント装着後に聞こえる音の感じた、金属音の集合体のようだったことだ。
この映画のタイトルは、実は、このことだったのではないかと考えた。
技術が進歩し、改善されると、こうしたことは解消されるのか、インプラント装着後に医師が、数週間で慣れると言っていたと思うが、時間が解決することができるのか、多少なりとも、ずっと金属音的な感覚は残るのか分からないけれども、聴覚障害の人は、こうしたことでも悩みを抱えるのだと認識させられた。
この作品は、敢えて、こうあるべきだとか、これだという答えを示してはいない。
その代わり、当事者が、様々な葛藤の末、いかなるチョイスをしようと、聴力が普通である僕達にも理解し、考え、そうした選択を、なんであれ、受け入れて欲しいというメッセージなのではないかと思った。
技術が進歩すれば、人が陥りがちな、簡単に、誰もが、それを利用すれば良いじゃないか。そして、健常者のように生活すれば良いじゃないか。それが、社会の負担を減らすということだ…みたいな近視眼的考え方に一石も投じていると思うのだ。
そこに希望がある限り
恋人と2人、メタルミュージシャンとして活動する主人公ルーベン。しかしある時、急に両耳の聴力が落ちてしまい、すべてが変わってしまう所から始まる物語。
初めは自棄をおこすルーベンだが、難聴者のコミュニティに入ってからは、少しずつだが変わっていく。
大きな絶望と少しの希望の狭間に揺れながらも、諦めないルーベンの姿と、笑顔で過ごすコミュニティの皆には本当に勇気をもらえる。
父親は嫌な奴だった。対して、たとえ聴力を失ってもルーベンの事を思い続けた彼女。やはり、心から大切な人がいるというのは良いものですね・・・。
決して望んだ通りの結末ではなかったが、厳しさと物悲しさ、そして僅かな平穏を感じられるストーリーに胸をうたれた作品だった。
私自身、ルーベンとは比べ物にならないが、耳に問題を抱えており、途絶えることのない耳鳴りと生きています。
突発性難聴と言うお医者さんもいれば、メンタル的な問題と言うお医者さんも。中には、魔法じゃなきゃ治んないよ、と揚々と言うのもいました。
今でも不安になることはありますが、本作を観て、現実を受け入れつつも希望を求め続ける大切さを学びました。
ルーベンのような、素直さと強さを持った男なら、きっと大丈夫ですよね!
聞こえない事とは、、、
二人がとてもステキ Rock Steady❗
ドラムがカウントとって始めれば、ライブなんとかなるんじゃないのかと、難聴になっても諦め切れないドラマーのルーベン。ボーカル&ギターで、彼女のルーとの会話もままならないし、やけっぱちになるが、ルーは薄い眉毛の見た目と違ってものすごく冷静で賢かった。そして、施設のJoe が素晴らしかった。ベトナム戦争で難聴になったといっていた。携帯、トレーラーの鍵も取り上げる。ルーとのコミュニケーションも断たれる訳だが、ルーのSNSをPCから隠れて時々チェックし、すこしづつ落ち着いてゆくルーベン。ルーはルーベンのために永遠の別れも覚悟したかもしれない。あの施設で手話を学び、コミュニケーションできるようになり、聴力障害の子供たちからの信頼も得て、見違えるほど生き生きとしてゆくルーベン。ジョーも施設でジョーのプログラム(聴力障害を持つ薬物依存者の支援)の手伝いや教会の学校で子供たちの世話をする正職員としてすごさないかと持ちかける。しかし、聴力を取り戻し、音楽活動を再開するために、2万ドル以上する手術(人工内耳)にこだわり、トレーラーハウスの中の機材やドラムセットを売り、とうとうトレーラーハウスも手放し、ジョーに黙って手術を受ける。
ジョー役のおじさんが渋くてカッコよかった。
ドラムセットを手放す前夜のソロ演奏が森の中に響く。シンバルはジルジャン。ドラムはたぶんパールだろう。スティックはパールが出しているヒッコリーの量販品だった。私もパールのバーチシェルのBXシリーズを譲ってしまう前は辛かった。お茶の水で30年以上前に新品で買ったもので、色はこの映画同様、パールホワイトで、シンバルを増やして60万円以上は当時使った。
補聴器の音は一定せず、周囲の環境によって違ってくる。ハウリングやディストーション、突然の爆音などかなりきつい。ルーベンのあてははずれだった、と思う。
彼は聴力のみならず、バンドやドラムセットも器材もトレーラーハウスも失ったが、ルーとジョーや子供たち、子供たちの先生役の笑顔が眩しいローレン・リドロフ(エターナルズでの出演が控えている)からかけがえのない大切なものを貰った。その自信に裏打ちされた最後のシーンでの表情がそれを雄弁に語っていた。
テーマも斬新で、見せ方、聞かせ方が素晴らしかった。なにより、ルーとルーベンの関係がよかった。ルーのお父さんの弾く曲は変わってた。フランス人の役者さんで、シャンソン風。ルーはもうロックは足を洗ったよう。シックだった。
そういえば、15年ぐらい前、骨伝導機能携帯が発売されたが、今も売ってるのかな?
音の使い方がとても素晴らしい! サブタイトルの「聞こえるということ」を上手く表現していた感じ。
ドラマーのルーベンが突然難聴となり、その苦難を乗り越えようとするストーリー。
彼女のルーに紹介された聴覚障害者のコミュニティーで障害と向き合う中、高額な費用をかけて聴覚を取り戻そうとする展開。
コミュニティーの運営者が「障害は治すものでは無く共有していくもの」みたいなセリフに考えさせられる。
ルーベンは何とかお金を工面して手術により聴覚を取り戻すんだけど、彼の聞こえる聴きにくい音がかなりリアルな感じ。
聞こえる音がこもってたり高音だったり、途切れ途切れな感じ。
劇場のスピーカーから聞こえるその音がかなりのストレス。
この表現方法は新鮮で良かった。
odessaと言う音響の良いスクリーンで観たのでドラムのサウンドに期待したけど演奏シーンは短め。
逆に街の騒音や風の音がかなりリアルな感じで臨場感はかなりあり。
ラストは呆気なく終わってしまった感じは残念だったけど自分的には良作に認定(笑)
主役のルーベン。
難聴になった直後はかなりネガティブな感じだったけど、コミュニティーで子供達と楽しくしているシーンが微笑ましかったです( ´∀`)
聞こえるということ、聞こえないということ
両方を実感する。
実際に耳が聞こえなくなったことが無いので、聞こえないということの心情は計り知れません。
こちらの作品は不穏と平穏が対になっています。
過去にジャンキーとメンヘラだった二人が、お互い支えとなり健康的な生活を送る。
これは分かりやすいかたちの不穏から平穏。
耳が聞こえなくなり、音楽と彼女との二人の平穏な生活が終わり、聾唖者としての不穏・不安なコミュニティの生活が始まる。徐々に慣れコミュ生活も上手くやっているように見えたが…
静寂が不穏から平穏に変わるラストが印象的。
恋愛映画でもある
お偉いさんがマンチェスターCのファンなんじゃ???
主人公の名前が気になりつつ、主人公はサラーに似てる。
日本版だけなのかもしれないが、生活音の説明的な字幕の入れ方に興醒めした。
2人が施設前で離れ離れになるシーンだって、もっと詩的と言うかアカデミックに表現したら、世界観にのめり込めたと思う。
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人生の途上で障害を負うことのしんどさ
辿り着いた先人の教え
生まれ変わる覚悟が清々しい静寂と共に訪れる
彼女の家を出た後の街並がそれまでとガラッと景色が変わるのは果たして、、
最初、爆裂のメタルバンドでスタートだったので、
DISTORTION
トレーラーハウスに住み彼女と2人でプロのバンド活動をしている男が、突然失聴してしまう話。
ベードラドコドコの心地良い振動から始まり、何だかヤケに健康的カップル?と思ったら彼女はリスカ痕バリバリメンヘラガール?
耳に異常が表れ始めるとあっという間に70~80%失聴し、知人だかエージェントだかを通してグループ治療を紹介されて…。
音楽を生業にしている主人公にとって失聴は致命的。
しかも治療に際し彼女も心配だし、自分にも依存症が。
少し尖った感じもある主人公が自分の出来る最善策を模索しつつ変化して行く様や、そこに立ちはだかる壁や落とし穴、そして希望も…。
決してハッピーエンドではないけれど、彼なら大丈夫とも思える終わり方で、少しは希望もあったのかな。
タイトルのもう1つの意味
ルーベンがドラムを叩く爆音の世界、耳鳴りとともに音がくぐもって聞こえる難聴の世界、そして全く無音となる失聴の世界。音響設備が整っている劇場だからこそ、その違いがはっきりわかる。
そしてもう一つのメタル(金属)の音。メタルミュージックは僕にとって刺激的で心地よい音だが、本当の金属音となると話は別。高音でキンキンとするノイズが、ずっと耳に入ってくる世界があるとするならば、とても耐えることはできない。人口内耳という装置を初めて知ったが、まだまだ攻殻機動隊のようにはいかないらしい。
支援団体のリーダーであるジョーが語っていた言葉が心に残った。「失聴はハンデではない。そして治すものでもない。」憐れみ目で見ること自体が差別である事を思い知らされる。団体が運営する学校では、耳の不自由な子供たちも教師も笑顔で日々を送っていて、ヘレンケラーの名言「不便だが不幸ではない」を思い起こさせる。
ルーベンのその後の物語は想像するしかないが、コミュニティで得た経験をもとに聴覚障害者が体感できる音楽を作っていくのだと思う。
ドラマティックな受容プロセス
認知症や障害、もしくは余命宣告を受けた人(そして時にはその家族も)がたどる心理的なプロセスは、概ね否認→混乱→努力→受容となるようだ(プロセスの区分はいろいろある)。私も母が認知症になったとき、同じような思いをした。自分が障害を持つことになったら受容までにかなり時間がかかるんじゃないかと想像してしまう。ましてやバンドのドラマーとして活動していた人が聴覚を失うなんて、そのショックは想像以上だろう。
聴覚障害者を支援する施設で生活するようになったルーベンが、徐々に皆を受け入れ交流していく過程、特に静寂の部屋でノートに向き合うルーベンの変化がとてもよかった。実際にこんなセラピーもあるのかもしれない。
でも映画だからここで終わるわけがない。ルーベンが手に入れたかったのは元の自分と元の生活。やはりそれを取り戻そうとしてしまうのだろうか。ガン患者とその家族が怪しい民間療法にすがる姿とダブってしまい切ない気持ちになった。そしてインプラント手術で手に入れた機械仕掛けの音たち。聞こえたのは美しかった世界の物音ではなく、歪んだエフェクトのかかったノイズでしかなかった。最後、イヤホンをはずしたルーベンの表情はまさに「受容」。元の静寂の世界に戻る彼の姿はとても穏やかで美しかった。
まさにフクロウみたい
私は、聴力を失った男性が、元には戻れず、
彼女とも別れ、インプラントの手術をしたものの結局は聞こえない世界で生きる姿に、元には戻れなかったと悲しくなりました。
しかし、一緒に見ていた人は、
最後彼が晴れ晴れした顔をしていた姿から、再び歩き出す印象を受けたそうでした。
自分の感じたことは否定しませんが、
私は自分の視点(もし自分なら)で、
彼がかわいそうだ。と思いながら見ていたが、友人は彼の視点で映画を体験していたのだなと思った。
彼のフクロウのような
何か薬をやっていた、やっていそうな
顔つきからだんだん変わる演技がすごいなと思いました。
また、映画館でオデッサという?すごいところで見ましたが、
逆に音が大きすぎて、耳が痛くなってしまいました。
それでも、聞こえなくなる時
正常に聞こえている時
静寂
その違いがよく分かり、帰り道では耳をいろいろな音に傾けたくなりました。
自分が、当たり前に聞こえていることに感謝です。
静寂は自分を包み込んで許してくれる。
人にそれを求めるのじゃなくて、
周りの静寂は、いつでも私を許してくれているのだということに気づきました。
文句なし!胸にズサリきた映画
我々が日々あたり前に聞こえている音が突然聞こえなくなった時人生はどうなるか。改めて考えさせられた映画だった。ドラマーのルーベンが突然難聴になり恋人のルーに難聴者コミュニティに釣れていかれたがコミュニティの人々と過ごしながら現実を受け入れることに苦労しながらも徐々にコミュニティに馴染みながら自分の人生を前に進めていく決断を描いたストーリーは胸にズシッときたし考えさせられた。人生の挫折、再生の描き方は文句なし。今年のベスト洋画候補。ぜひおすすめしたい。アマゾンプライムの配信映画も侮れない。
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