「とにかく面白かった」返校 言葉が消えた日 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
とにかく面白かった
文句なしに面白い。ホラー映画ではあるが、生徒と教師、教師と教師、生徒と生徒の微妙な恋愛感情や信頼と疑惑が描かれ、しかもそれらが次々と変化していく。それが権力による言論統制下という極限状況を舞台にしているから、映画は一層緊迫感を増す。誰が本当のことを言い、誰が嘘を吐いているのか、そして一体何が本当なのかを考えてしまう。基本的に誰もが嘘を吐かなければならない言論統制の状況もある。密告したのは誰か。物語はいよいよ複雑になる。
言論統制をしているにも関わらず、朝礼で歌われる歌や看板に自由平等とあるのが笑えた。アベシンゾウが軍国主義を「積極的平和主義」という意味不明の言葉にして演説していたのと似ている。
ご存知の方も多いと思うが、水仙の学名はギリシア神話の美青年ナルキッソスに由来する。モテモテの彼は寄ってくる女たちと次々に関係を持ち、飽きると捨てていた。しかしエコーというニンフと付き合ったことで運命が変わる。エコーはこちらの言葉を繰り返すだけでちっとも面白くないから、早々に求愛を断ったのが女神ネメシスの怒りを買い、自分しか愛せない人間にされてしまった。ある日水に映った自分の姿を見て恋に落ち、焦がれて衰弱して死んだ。その後に咲いたのが水仙の花だ、という話である。
チャン先生が何故水仙の絵ばかり描くのか、なんとも悩ましい謎だが、本作品の中では必ずしも明らかにされていない。ただこのギリシア神話が関係していることは間違いないと思う。チャン先生が態度をはっきりさせないところは、実はチャン先生はナルキッソスで、女生徒と女教師が振り回されていたのかもしれない。
台湾映画はあまり観なかったが、本作品のように奥が深く立体的でサスペンスフルな映画を製作できるレベルにある訳だ。儒教的な考えがどうしても底流にある韓国映画よりも自由度は高そうである。台湾という国家が言論統制へ後退する危険性も常にあることは忘れてはならないと警鐘を鳴らす作品でもあると思う。とにかく面白かった。