Swallow スワロウ : 映画評論・批評
2020年12月22日更新
2021年1月1日より新宿バルト9ほかにてロードショー
ただならぬスリルとエロスを湛え、異物を“飲み込む”ヒロインが物語るものとは?
主人公のハンターは大富豪の御曹司に見初められ、豪邸での新婚生活をスタートさせた若く美しい女性。しかし誰もが羨むほど物質的に豊かで、初めての子供も身ごもったその暮らしは、夫や義父母から軽んじられ、やるせない虚しさが募るばかり。そんな孤独と不安に苛まれる主人公の運命を見すえた本作は、思わず目を疑うようなモチーフによってストーリーを語っていく。それはずばり“異食症”である。
ある日、夫が不在の自宅で衝動的にガラス玉を飲み込んだハンターは、なぜか快楽にも似た充足感を覚え、小さな金属片や石ころなどを次々と飲み込むようになる。彼女の異常行動はさらにエスカレートし、搬送先の病院で異食症と診断されようとも、夫に非難されようとも、猛然とこみ上げてくる欲望を抑えることができない。「そんなのホラーじゃないか!」と思った人はある意味、正しい。ところがこの映画、ファンタスティック系の映画祭のみならず、トライベッカ映画祭などで数多くの受賞歴を誇り、単なるキワモノ&ゲテモノとは片づけられない作品なのだ。
まず製作総指揮を兼任した主演女優ヘイリー・ベネットの一挙一動から、まったく目が離せない。よほどこの企画に惚れ込んだのだろう。病的なまでに白く透き通った肌とブロンドの髪の容貌からして鮮烈なベネットが、陶酔の表情を浮かべて異物を飲み込み、身も心も壊れゆく様を生々しく体現。新人のカーロ・ミラベラ=デイヴィス監督の演出も、ハンターの空っぽな日常をシャープに点描する序盤から冴え渡り、観る者の想像を超えたスリルとエロティシズムを創出する。
そして中盤、心理カウンセラーとの対話中におけるハンターの驚くべき告白を転換点として、映画はこれまた信じがたい展開になだれ込む。異食症は極度のストレスなどいくつかの原因によって引き起こされるというが、本作は主人公の忌まわしい出生の秘密を明かしながら、おそらく結婚以前から心に深い傷を負っていたであろうひとりの女性の肖像を浮き上がらせていく。この衝撃的なスリラーの真の凄みは、まさにそこにある。
やがてひとりぼっちであてどなく漂流する主人公は、最後にある重大な決断を実行に移す。その“飲み込む”とは真逆の行為を目の当たりにした観客は、半ば唖然としながら、本作の根底にあるテーマが決して特殊ではないことを察知するだろう。ひょっとすると、これは今も昔も不条理な抑圧に満ちた世界のあちこちで繰り広げられている、女性たちの壮絶な闘争劇なのかもしれないのだ。
(高橋諭治)