「近代の思想史の一面としてそれなりに見応えのある作品」イルミナティ 世界を操る闇の秘密結社 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
近代の思想史の一面としてそれなりに見応えのある作品
邦題がよろしくない。原題の通り「イルミナティ」だけでよかった。「世界を操る闇の秘密結社」などという副題を勝手に付けたものだから、日本人観客の多くが誤解して、世界を裏で牛耳っている秘密組織の陰謀を描いた作品だと思ったに違いない。こういった煽るような副題をつけるのは、かつての東スポの見出しみたいで、こんな副題が多くなると映画の価値自体が下がってしまう。洋画の邦題を付ける人は、映画をよく観て内容を把握してから付けてほしい。
秘密結社という言葉は謎めいていて、陰謀とか策略とか暗殺とか、そういったイメージがある。だから副題に秘密結社という言葉を用いて集客を図ろうとしたのだと思う。しかし実際の秘密結社と言うのは、公にされていない結社、または結社を他言しないという規律のある結社はみんな秘密結社なのである。そこら辺のおばちゃんとおっさんが秘密のカラオケの会を作ったら、それも秘密結社と呼んでいい。
しかしイルミナティはそもそも秘密結社でさえなかった。ヴァイスハウプト教授によるゼミのようなものである。参加者を増やそうとして活動したのだが、教皇や君主を筆頭とするヒエラルキーを否定したものだから、時のイエズス会から迫害された。そこで表立っての活動をやめてコソコソと参加者を増やそうとしたので、後付け的に秘密結社とされただけなのだ。
本作品はそんなイルミナティの本当の姿を研究者の証言によって明らかにする。ヴァイスハウプトの思想は自由と平等を実現する政治体制をひたすら思索によって追求しようとするものだ。思索を共有しあるいは教育するための集まりとしての存在がイルミナティであり、ある種の啓蒙集団であった。ブッダと弟子たちに似ているが、ヴァイスハウプトの思想はゴータマのそれほどには昇華されていなかった。
イルミナティが成立した1776年といえばアメリカがトマス・ジェファーソン起草の独立宣言を採択した年である。独立宣言には次の文章がある。
「すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」
まさにヴァイスハウプトの求めていた理想である。期せずしてアメリカとドイツで規模は違うが同じ年に同じ理想を発表したのである。そしてその13年後にはフランス革命が起こり、やはり自由と平等を謳った人権宣言が採択された。
18世紀の後半は世界のあちこちで自由と平等が高らかに宣言されたのである。問題は理想を現実にする政治体制の構築だが、人類はそこで躓く。戦争が勃発して人権は制限され、国家主義のもとに自由は踏みにじられる。個人よりも国家が優先する社会となり、為政者は自由や人権の主張を恐れ、弾圧する。そこで抵抗する人々は地下に潜ることになるが、各地に存在した秘密結社がイルミナティの存続ではないかと恐れられた訳だ。
たった9年間で壊滅に追い込まれた組織が、数世紀にわたって影響力を持ったのである。それはひとえに国家主義の為政者の恐怖にあったのかもしれない。近代の思想史の一面としてそれなりに見応えのある作品だった。