「それぞれの現実」ドライブ・マイ・カー iroiromanさんの映画レビュー(感想・評価)
それぞれの現実
拭いきれない辛い経験とどう向き合うべきか。
逃避は後悔につながり、対峙して進むほかない。
という内容と受け取った。
とはいえ、鑑賞直後は物語の解釈がまとまらず、このレビューも整理する意味合いが強くなります。
全く小説は読まないのでなんともだが、とても文学的な作品に感じて、じっくり読み込まないと浸れないなと。
・音の語り
最愛を亡くした辛い現実を生きる音に、創作できる気持ちの余裕はない。オーガズムの後という、ある種記憶すら朧げな、現実から離れた感覚でしか生まれなくなっている。内容も、初恋相手宅への空き巣、前世がヤツメウナギ、自慰行為によるマーキングなど奇妙なもので、普段の生活を通しては決して生まれないであろう物語。
あらゆる男たちとの情事は音にとって創作の源であり、心の拠り所とはまた違うのか。
・高槻という男
音が関係を持ち、彼女に魅せられた男の1人。分別がなく、感情のままに行動する、衝動的で危険な人物。ある意味、素直でまっすぐで、物事には感情的に反応する。その為、音の不可思議な言動を正面から受け取り魅了される。ただテキストを読めばいいという本読みで、感情がこもってしまうのは、うまく現実の感情と、創作を切り分けられないから。
・みさきと母
水商売の母から幼い頃から運転手として働かされ、暴力を振るわれたみさき。母は娘への罪悪感からサチという別人格を生み出し、みさきとの関係を繋ぎ止めていた。辛い現実から逃げ出したいみさきは、土砂崩れの際に母を見捨て生き残る。母からの辛い記憶と、見殺しにした罪悪感から、とにかく西へ向かい逃避し、唯一のドライバーとしての才能を生業とする。
・家福が目を背け続けた現実
あまたの男との関係を持つ妻を黙認する家福。最愛を亡くした傷から身を守る為と自らに言い聞かせ目を背け続け、必死で妻との表向きの関係を維持しようとする。結果、妻にとって夫は、優しく献身的な存在。
妻の死後、演者ではなく演出家として関わり、直接演じることからは離れる。音の抑揚のない無感情なセリフの録音をカセットテープで聴き失ったつながりを求める。
が、みさきとの出会いと旅、高槻との再会、そして妻の知らない一面を聞かされる過程で、目を背けてきた現実、受け入れられなかった音の人としての脆さに向き合うことに。いつしか互いを傷つけまいと建前の夫婦関係を続けてしまっていた。本当は深く傷つき愛する妻と本音で向き合いたかったが、それももう叶わない。その後悔とともに、これからの覚悟を胸に、逃げ続けてきた「ワーニャ叔父さん」の舞台に立つ。
それぞれが遠ざけた現実。
追い求めた現実。
折り合いをつけた現実。
遠ざけたところで悲しみは癒えない。
追い求めたところで掴めない。
現実と向き合って折り合いをつけることで人は生きていかなければならない。
舞台を被爆地の広島としているのも、深い悲しみを抱えながらも力強く生きる象徴だからなのかと納得がいった。
ラスト、家福の赤い車を韓国で走らせるみさきの姿からは、2人がそれぞれ過去の呪縛から解放されて、前に進んでいることが伺えて、清々しかった。
家福の愛する音の創作癖が特殊すぎて、個人的には共感が難しかった。