劇場公開日 2021年8月20日

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「車の中で向かい合わずに対話する二人の魂のゆくえ」ドライブ・マイ・カー SGさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0車の中で向かい合わずに対話する二人の魂のゆくえ

2022年2月10日
iPhoneアプリから投稿

とにかく脚本がすごい。
さすがにアカデミー作品賞は難しいとしても、国際映画賞と脚本賞ではガチの本命じゃないかと予想する。
妻を亡くした男の喪失と再生を綴った村上春樹の同名短編を下敷きにしているが、そこにチェーホフの戯曲「ワーニャ伯父さん」の多言語劇と、そのオーディションやリハーサルの過程を丁寧に巧みに織り込むだけでなく、彼の愛車SAABの専属ドライバーとなる寡黙な若い女との対話と告白に厚みを持たせることで、ストーリーが重層的に呼応してクライマックスの感動へと静かに緩やかに疾走していく。

多くの場面に登場する"台詞を読む"という行為と、妻の発想を紡ぐ行為がとても印象的で、オープニングからリアルなのにどこか演劇的な空気感を纏っている。主人公たちの対話もところどころ台詞を読んでいるのか、心からの言葉なのかがあいまいになる。
多言語による劇中劇というエッセンスがまた巧妙だ。
演技とリアルの境界線、閉じ込めている心の扉、言葉からは伝わらない秘密、知らず知らず仕舞いこんでいる想い。それらが移り変わる風景の中を滑るように走る赤い車に乗って徐々に紐解かれながら何処かへと向かっていく。
人は自分の奥底にある想いを秘めながら、あらかじめ用意された予定調和の言葉で日常の多くの時間を生きている。
生前も死後もたくさんの言葉と声で対話する妻、言語に"音"を持たない女優、向かい合わない運転席と後部座席という車中で言葉を交わし続ける女。
それぞれとの対話の中で孤独な男の魂はどう変化していくのか。

3時間という長尺だが時間を忘れ、観終わってから感じたことや解釈を整理するのも楽しい。叫んだり泣きじゃくったりする展開が一つも無くたって、感情は揺さぶられるし感動する。
ハリウッドが評価したのは少し意外だが、韓国映画とはまた異なる日本映画の知性的で奥深い魅力が伝わったという点で嬉しくもあり納得でもある。

SG