「脚本家ってやつは」Mank マンク 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
脚本家ってやつは
現代屈指の鬼才で映像の魔術師であるデヴィッド・フィンチャーが、初めて実在の人物を題材にし、白黒で撮るとは何だか意外。確かに、あったようで無かった。
しかし、この鬼才の手に掛かればさすがのもの!
美術、衣装などクラシカルな雰囲気は『ベンジャミン・バトン』ですでに再現済み。
特に感嘆したのは、開幕早々。まるで当時の作品のような白黒映像や音響。これ、相当こだわったんだろうなぁ…。
そして何より、今回の題材!
『市民ケーン』。
映画好きなら知らぬ者は居ない。
世界中のあらゆる映画オールタイムベストテンに選出もしくは1位に今尚輝く、映画史上随一の大巨星。
産み出した天才寵児、大胆なストーリー構成、撮影技法…後の映画産業への影響は計り知れない。スリリングな人間ドラマは今見ても面白い。
故に、題材にした作品は以前にもあったが、今回は訳が違う。
天才寵児の大名作の製作舞台裏を、現代屈指の鬼才が撮るのだから、期待は自ずと高まる。さらにユニークな切り口。
普通だったら、オーソン・ウェルズを主役に描く。当然だ。監督/製作/共同脚本/主演…言わば『市民ケーン』はオーソンの作品なのだから。
しかし本作は、もう一人の脚本家の視点から描く。
ハーマン・J・マンキウィッツ。
恥ずかしながら、存じ上げなかった。どうしても『市民ケーン』=オーソンなので。
だけどこの“マンキウィッツ”という名は聞き覚えあり。やはり! 後に2年連続でオスカーを受賞する事になる名匠の実兄とは!
通称“マンク”は『市民ケーン』でオスカー脚本賞を受賞。いかにして名作を執筆したのか。
名脚本家の名作執筆秘話が語られる…のだが、
このマンク、かなりの人物だった…!?
まず、極度のアルコール依存症。
呑まないとやってられない。呑まないと仕事にならない。仕事中はベッドの上から動かず、酒を呑みながら。仕事してるんだか、してないんだか…。
時の大手スタジオ、MGMの専属脚本家。でも、問題児扱い。
度々の過激な発言。それは特に政治的な面でも。
それが『市民ケーン』製作の際に、マンクを窮地に追い詰める事に。
ご存知のように『市民ケーン』は、当時の実在の新聞王ウィリアム・R・ハーストがモデルとされている。これを不快に思ったハーストがあらゆる手を使って妨害。上映禁止まで。会社は屈するしかなかった。
が、闘った男もいた。
言うまでもなく、マンク。
彼は端から闘うつもりでいたのだ。自由の表現は権力には屈指ない、と。
その噂はあっという間に映画界に拡がる。マンクがハーストに喧嘩を売った、と。
当初は自分は裏方で、クレジットにも載せなくてもいい、と同意。
ところが一転、クレジットに名を出して欲しいと主張。(これを巡ってのオーソンとマンクの対立は結構有名な話)
その主張が、権力と闘う姿勢そのものだ。
マンクが書いた『市民ケーン』の脚本は複雑で、映画会社関係者から難を示されたところ、「俺にしか書けない物語がある」と強く言い返す。
その反骨精神もまたしびれた。
それを体現したゲーリー・オールドマン。
もうこのオスカー名優の、さすがの熱演、存在感。少々異端の役を演じさせたら圧倒的に場をさらう。
強烈個性と共に、哀切さも滲ませて。
今度のオスカー主演男優賞はかなり強豪多いらしいが、ノミネートは固いだろう。
映画好きとしては、『市民ケーン』製作秘話も興味深いが、当時のハリウッド内幕劇からも目が離せない。
出るわ出るわの実在の映画人。大プロデューサー、名監督、人気女優(マリオン・デイヴィス役アマンダ・セイフライドが快演)…。
夢を与え、スターたちが星の如く輝き、華やかで、ハリウッドがハリウッドだったあの頃…。
ハリウッドの光。
…と、陰。
先述の通り、権力に屈する。
政治介入。
時々聞く映画界の黒い話。それは今も昔も変わらない。
でも、映画の力で権力と闘い、映画が夢を与える事こそ本当だと信じて疑わない。
だからこそ我々は映画を観、映画人たちも映画を作り続けている。
本作の脚本家はジャック・フィンチャー。デヴィッド・フィンチャーの父で、息子が父の遺稿を映画化した。
名作誕生秘話、ハリウッドの光と陰、権力に屈せず闘う…。
往年のハリウッドへのオマージュと共に、脚本家を主役にし父へ敬愛を込めてーーー。