「理解するならリテラシーも必要だが、映画の完成度は今年ベスト級で、内幕物や群像劇としても楽しめる」Mank マンク ミラーズさんの映画レビュー(感想・評価)
理解するならリテラシーも必要だが、映画の完成度は今年ベスト級で、内幕物や群像劇としても楽しめる
1941年の古典的名作映画『市民ケーン』をめぐる制作秘話的な内容だが、脚本家のマンクの皮肉屋だが愛敬もある姿と新聞王ハーストとその妻マリオンとの友情と別れを中心とした群像劇としても楽しめる。
1930年の大恐慌も格差も今のアメリカ社会と地続きなのを、鮮明にしている構造なので、その周囲に興味や知識がないと半分ぐらいしか飲み込めないことや『市民ケーン』関連の知識が無いと分かりにくい部分が多々あるのが難点だが、映画好きのアメリカ人なら判る範囲なのだろう。たぶん。
全編を最新のデジタルカメラを使ったモノクロ撮影で行い映像も、陰影が深いのにも関わらず暗部の調子やディテールが残っており最先端の技術を見せつけられる。
キュアロン監督の『ローマ』などでもALEXA 65ミリの大型撮像素子を使ったデジタルカメラでのモノクロ撮影をしているが、あちらは、硬質でパキっとした透明感の強い仕上げに目を見張るがこの作品は、陰影もあるが柔らか目で時折、赤外線フィルム調の場面も有ってこちらも素晴らしい。
撮影カメラが、発表当時からRAW撮影が得意で、スチールカメラの発展型動画カメラとして話題になったREDのモノクロ機を使用して、そのポテンシャルをフルに使っているのだろうと思う。
フィンチャー監督は、デジタル撮影を以前から推進しており、多くの作品でREDを使っている。
8Kで撮影された本作をNetflixの配信で観てしまうのは、残念だが8K画質のポテンシャルを発揮できる上映環境が近場に無いので仕方ない。(ちなみに自分は5Kの液晶モニターで鑑賞)
特にマンクとイギリス人タイピストが屋外で会話する場面の背景は、赤外線写真の様なテイストで美しい。
しかし面白いのは、当時の映画の雰囲気を出す為か、冒頭からフィルムにあるシミの様な黒点をワザと入れたり映写フィルムの交換を知らせるチェンジマークのパンチを所々表示したりと凝った仕掛けも見受けられる。
フィンチャー監督もアナログ撮影に拘るノーラン監督とは違う方向からシネフィル振りを発揮している。
主演のゲイリー・オールドマンのなりきり振りは、正直アカデミー賞の主演男優賞を取ったチャーチルとダブるが、チャーミングな皮肉屋と道化の悲哀も見事に演じている。
アマンダ・ミシェル・サイフリッドが当時の偽りのスター女優マリオンの孤独と優しさも体現していて心に残る。
特にマンクと、月夜の庭園をデートの様に楽しげ散歩する場面や別れの場面での恋愛感情とは違う友情を感じさせるところなどが心に残る。
ハースト役のチャールズ・ダンスは、近年の『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』時とは違う雰囲気で、存在感もあり監督が違うと、こうも役者は変わるのかと驚いた。
しかし『市民ケーン』を監督した天才オーソン・ウェルズは不思議な存在感と胡散臭い部分があり、登場場面は少ないが、画面をさらって行く。
そういえば、ピーター・ジャクソンの『乙女の祈り』やティム・バートンの『エド・ウッド』でもオーソン・ウェルズが虚実で現れて物語の推進力になるのは、多くのクリエーター達が、ウェルズの作品に魅せられいるからだろう。
全編に渡ってセリフも映像も気持ちいいぐらいにキレがあり、地味な話しなのに引きつけられる。
フィンチャー監督の実力の凄さを見せつけられ完成度は今年ベスト級だと思う。
回想場面の多さや理解するならある程度のリテラシーも必要なところは、評価が別れるかもしれないが、内幕物や群像劇としても楽しめる。
2021年1月追記
音声コンテンツのポッドキャストPOP LIFEを聴いていたら、映画音楽ライターの木津毅氏が、『Mank/マンク』に限らず近年の映画全体がハイコンテクスト化(文脈)して知識が必要になっていると指摘されていたのは納得。
批評家や一部見巧者には評価される本作だか、レビューサイトだと今一つ評価されていない印象なのは、その前提となるアメリカの歴史や映画文学の知識が解らないと理解し難いのと面白くも無い側面もあり、その側面があまり先鋭化すると娯楽を求める人には、敷居が高くなり大衆娯楽としての映画の衰退にも繋がる恐れがあると思う。