「もっと政界の駆け引きとか「ファーストジェントルマン」の日常とか、しっかり作り込んでいれば上質の内幕ものになったのにとは思います。」総理の夫 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
もっと政界の駆け引きとか「ファーストジェントルマン」の日常とか、しっかり作り込んでいれば上質の内幕ものになったのにとは思います。
『総理の夫』は、原田マハによる日本の小説が原作。著者の政治への理想や憤り、皮肉が込められた作品です。
物語は、凛子が総理に指名された日から日和が付け始めた日記という形で、その奮闘の日々が語られるのです。鳥類研究所に勤める相馬日和(田中圭)は、北海道の秘境の地へ鳥類観察の出張に出かける前に、最愛の妻、凛子(中谷美紀)から、「あなたわたしが総理になったらどう思う?」と意味深な言葉を告げらて送り出されます。その時は全く気にしなかったのですが、10日後に帰宅しようとすると、空港でいきなり取材団に囲まれてパニックに陥ります。10日間全く情報が入ってこない僻地で観察を続けていた日和には、何が起こったのか全くわかりません。そんな時首相広報官を名乗る富士宮あやか(貫地谷しほり)にウムをいわずに、車に乗せられその場を立ち去ることに。車中から見たビルの巨大スクリーンに映し出される臨時ニュースに日和はびっくり。なんと妻の凜子が第111代内閣総理大臣に指名されていたのでした。
凛子は少数野党直進党の党首でしたが、与党を離れ新党を結成した改革派の議員・原久郎(岸部一徳/モデルは小沢一郎)によって連立政権が樹立され、史上最年少、史上初の女性総理に指名されます。凛子の総理就任を、無力ながらも精一杯応援しようぐらいにしか考えていなかった凛子の夫である日和は、相馬政権の安泰を画策するプロジェクトチームによって、「理想の夫」「理想の家族」を体現するファーストレディならぬ、「ファースト・ジェントルマン」として広報に駆り出されることとなるのでした。
富士宮あやかによって日和は、日々の行動を管理され、加えて多忙な妻とのすれ違いに疲弊していきます。
原久郎の裏切りで、凛子は衆議院を解散し選挙戦が始まる最中、日和はハニートラップを仕掛けられて、週刊誌に掲載されそうになります。その結果夫婦の関係は最悪に。さらに選挙中に凛子は倒れて、健康問題が露見しそうにもなります。
果たして凛子は、政権を継続できるのか、そして日和は総理の夫でいられるのか、本作ならではの大団円をご期待ください。
ボンボン育ちで無邪気、ちょっと頼りない年下夫を演じる田中のかわいさとコメディーセンスが光ります。そして、中谷はキリッとして頼りがいのある総理を好演しました。
正反対に見える2人ですが、凛子の政治家としてのキャリアを揺るがしかねない事態を支え合いながら乗り越えていく夫婦愛には泣かされました。
記者会見や遊説で凛子が国民に語りかける言葉からは、政治家としての信念が伝わってきます。ただその政策は、外交には全く触れず、福祉重視とそのための増税の一点張り。加えて原発廃止・環境エネルギー重視とを訴えている点で、今回の自民党総裁選で河野候補とほとんど変わらない点が気になりました。凛子が総理のままで日本は本当に良くなったでしょうか。
ひょっとしたら女性総理が実現するかもしれないという期待がこもった自民党総裁選挙のまっただ中で、これ以上ないタイミングでの公開となった本作。それでも現実の政治への絶望感さえ漂う日本。総選挙を控え、自分は政治に何を求めるか考えるきっかけにもなりそうです。
しかし本作はあくまで気楽なコメディーで、政治風刺などを求めると肩すかしされます。むしろ夫婦愛を謳い上げた人間ドラマといったほうが近いでしょう。それでも「総理の夫」を打ち出すのであれば、もっと政界の駆け引きとか「ファーストジェントルマン」の日常とか、しっかり作り込んでいれば上質の内幕ものになったのにとは思います。(公開日:2021年9月23日/上映時間121分)