劇場公開日 2021年2月19日

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「やや問題提起が足りないといえるが、それでも報道の自由等を考える良い機会。」ある人質 生還までの398日 yukispicaさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0やや問題提起が足りないといえるが、それでも報道の自由等を考える良い機会。

2021年2月23日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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 ★ 内容的にセンシティブな映画です。
 一人の意見であり、他を否定するものではないことをかたく断っておきます。
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今年38本目(合計105本目)。
タイトル通り、もう「帰ってくる」ことは前提になっていますし、この映画自体は事実(イスラム国問題)に着想を得たものなので、史実に基本的には沿っています(最初にそのように出ます)。

この映画自体が伝えたいと思える点は色々あろうかと思います。
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 ・ 報道の自由/取材の自由(参考:日本国憲法21、判例)
 ・ 内心・信教の自由 ※ 内心は絶対に保障されるが、信仰は他に露出したとき、第三者調和(公共の福祉)が考慮される(迷惑をかける宗教は否定・制限されうる)、19条)
 ・ 海外旅行の自由(参考:22条2項) ※国内旅行は22条1項
 ・ (常識的な範囲の)自己決定権(13条) ※尊厳死に関すること等もここに入る
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 これらは書くまでもなく、海外でも同じように考えられており、それはこの映画でも同じです。特に「報道の自由」「自己決定権」は人が人たるに値するもの、また、人が色々な情報を得ていく前提となる権利ですので、そう簡単には否定できません。しかし、報道の自由はときに(日本でなくても)どこの国基準でも「海外への渡航」が問題になりますが、そうなると他国との関連が問題になるので、絶対無制限ではなくなります(有名なところでは、帆足計事件。海外旅行の自由が22条2項で保障されるとしたうえで、それでも公共の福祉に反する場合には否定されるとした)。

 ※ 22条1項の国内旅行の自由も、例えば破産の場合の移動の制限等ではそちらが優先されます(他、拘留されている場合等)。

 これらのことは日本の憲法のことですが、主要な国ではこれと同種なことは保障されており(もちろん、条文番号等は違う)、それをそう否定するのは容易ではありません。そして海外でもそれを保証するのは、日本でいう憲法に相当するような国家の基礎をなす最高法規です。そこで安易に「自己責任論」を連発するのは、それもそれで理解はできますが(日本の場合、その救助費は税金)、一方で日本にせよ海外にせよこうした権利は守られていることを忘れてはいけません。

 多くの方が書かれている内容と同じことを繰り返して書いても仕方がないので、他の視点でもう1つ。

 この映画自体は、助ける側、さらう側(イスラム国)側ともに平等に描かれているように感じられます。ただ、イスラム国(ISIL)がなぜこのような暴挙に出たのか、またそもそも宗教対立によるテロ問題が生じているのか?という問題提起が足りていないように思えます。

 それは、1920年代のイギリスの「二枚舌・三枚舌政策」で、アラブの国々が激怒したイギリスの「サイクス・ピコ協定」であり、元にイスラム系の国ではこの協定のことはイギリスを「たたく」絶好のネタになっています。しかし、これがなければイスラエル問題も複雑化していたのもまた事実であり(ひとつ前にみた「愛と闇の物語」に書いてあります。よって、イスラエル問題とISIL問題を「同時に」引き起こしたのはイギリスの矛盾した二枚(三枚)舌政策が原因」というのが今日の一般的な考え方です(少なくとも、その手の書籍ではこの点は必ず触れられます)。

 ※ イギリスは3つも矛盾する条約を結んでいるので、全てを同時に解決・納得させるのはもう無理なほどになってしまっています(少なくとも、イスラエル問題とISILを取り巻く問題を同時に解決するのは無理に近い)。

 この点に関する問題提起がなく(もっとも、内容的にイギリスを「たたく」ような映画とするのも変ですが…)、そこは「両者の立場をフェアに描く」のなら、この問題を引き起こしたイギリスの当該政策についてもさかのぼって触れるべきだったのではないか…と思われます。

 加点減点要素は下記の0.1だけですが、軽微なので5.0まで切り上げています。

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 (減点0.1) 上記のように、ISIL等の複雑な問題を生じた(これは極端ですが)問題、もっといえばイスラム系諸国の争いは元をたどれば宗教戦争的な争い(シーア派vsスンナ派、厳格にイスラム教の教えを説く(サウジアラビア等)vs「宗教としては置くが、かなり緩く解釈する」(トルコ等が代表例))も当然あるものの、最大の問題はやはり、イギリスの二枚(三枚)舌政策でイスラム系諸国を激怒させた「サイクス・ピコ協定」があることはこれはもう紛れもない事実です。

 真にフェアに触れるのであれば、この点についても触れるべきだったのではないか…とは正直思えました(イギリスを「たたく」のが目的ではなく、真にフェアに扱うなら、なぜこのような極端な状況が生じたかについて、根本たる原因を知る必要があるが、それはここに帰着されるため)。
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yukispica