「人は癒やしを求め、師に出会う」オクトパスの神秘 海の賢者は語る よしえさんの映画レビュー(感想・評価)
人は癒やしを求め、師に出会う
人生に疲れた映像作家が癒やしを求めて海に潜り、そこで出会った雌タコと過ごした1年を綴ったドキュメンタリー。原題は"My Octopus Teacher"。「私のタコ先生」とでも訳そうか。
わたしは生物全般が好きなので、タコが賢いというのは知識としては知っていたけど、これほどまでに好奇心旺盛で知性溢れる生き物とまでは知らなかった。映像作家クレイグを最初は警戒しながら、何日か経つうちに安全と判断し、好奇心が勝って手を伸ばしてくる姿は、まさにETで描かれた異種族交流のような画であった。
雌ダコとの交情は恋人同士のそれを想起させるような、濃密なエロスすら感じさせるものである。それは確かに、知性のあるもの同士でしかなし得ないような交わりであり、男女の駆け引きの如きものすら伺い知れる。
とはいえ相手は野生のマダコ。クレイグは観察者としての一線を超えることなく、彼女がサメに襲われた際も、手出しをすることはしない。タコは知能の及ぶ限りあらゆる手を使って捕食者から逃げる。時には地上に上がるという、驚くべき方法まで使って。
作品は海の中の生き物たちの姿も捉えていくが、やはり圧巻はタコの生態である。様々に色や姿を変えながら、あらゆるものに擬態する。それも見ているこちらが驚くほどのスピードとバリエーションをもって。更にカメラは、魚の群れに手を出して遊ぶ姿や、クレイグの体を利用して獲物を捉える姿をも捉える。生物好きにとってはワクワクするような映像のオンパレードだ。
映画は産卵を終え、その生物としての役割を終えようとするタコの姿までを収めて終わる。クレイグは1年タコを追いかけるうちに自分の人生を取り戻す。これは自然界を捉えたドキュメンタリーでありつつ、クレイグの人生における大切な瞬間を切り取った作品でもあった。
なお、たまたま興味をもってこの作品にたどり着いたが、その時初めてこれがアカデミー賞受賞作であることを知った。他の候補作を見ていないのでなんとも言い難いが、良い作品ではあったと思う。