「忘れてしまう、忘れたい、忘れたくない」林檎とポラロイド styloさんの映画レビュー(感想・評価)
忘れてしまう、忘れたい、忘れたくない
個人的にものすごく刺さり、エンディングのあとしばらく自分でも驚くほど涙が溢れて止まりませんでした。
静かで奇妙でシュールで寂しくて、優しい映画です。
人間はどうしても(忘れたくないことも忘れていいことも)忘れてしまうし、逆に忘れたいことを忘れられない。忘れてしまうということは辛く苦しく、「忘れていってしまう」苦しみの只中にいるくらいならいっそ全てをすっぱり忘れられれば良いのに人間の記憶はそう都合良くはない。そうした苦しみの中で、しかし忘れたくないと想うことの美しさ・ひたむきさを描いた映画だと受け取りました。
全体的に肝心な言葉が少なく、観ている側はこれってどういうことなんだろう?これってもしかして……?と探り探り理解を深めていく作品です。だからこそ、色々と繋がった時に濁流のように主人公の苦しみ、悲しみ、愛が押し寄せ、心がぐちゃぐちゃになりました。
そしてこうした人間の記憶のままならなさ、みたいな話を、写真などの外部デバイスによる記憶の保存は本当の意味では記憶の保存たりえないのでは?ということに繋げているのは見事な構成だと思います。シュールな治療を通じて、体験そのものより写真を撮影してその体験を記録しようとすることが大事になってしまうばかばかしさがあらわになる問題提示の仕方、好きです。
パンフレットに載っていたCINEUROPAの評で、チャーリー・カウフマン、ミシェル・ゴンドリー、スパイク・ジョーンズなどの世界観を彷彿とさせるとありましたが、チャーリー・カウフマンとスパイク・ジョーンズの大ファンである自分に刺さったのも道理かもしれません。しかもクリストス・ニク監督は自分が大大大好きなヨルゴス・ランティモスの助監督をやられていたということで……。映画館でなんとなく見かけてなんの前情報もなく観たのですが、ある種刺さるべくして刺さった映画でした。
シュールなジョークを後から振り返るとそれが効いてくる、みたいな仕掛けが好きな人間には刺さる。
※元々ネタバレ注意にはしていますが、以下は映画の核心部分に触れるので改めて注意です。初見は絶対にネタバレのない状態で観てほしい映画なので……。
自分は薄々大切な人を亡くしたのかな……?と思いながら観つつ、お墓のシーンで愛する人の死を確信して以降もうすでに号泣していたのですが、最後林檎を食べるシーンで……タイトルや話やら、全てが押し寄せて滂沱の涙……。
薄々気づいてはいたが改めて突きつけられるとびっくりするほど泣いてしまった、というのだと(完全に個人的な感想でしかないんですが)シックス・センスを初めて観た時のことを思い出しました。個人的には一番観た後の感覚が近いのはシックス・センスです。
林檎は記憶力保持に良い、ということを元に、忘れたい、忘れたくないという苦しみをここまで素晴らしいシーンとして仕立てたのは見事としか言いようがありません。
とにかく林檎を買うのを急いでやめてオレンジを買うシーンからのラスト林檎を齧るシーンの流れがたまらない、大好きです。
また、主人公はどの段階から記憶が戻っていたのか?または最初からそもそも記憶を失っていなかったのでは?ということについては、監督はあえてそこを色々な解釈ができる形で描いているのかな?と自分は思いました。これはもう何周か観たら変わるかもしれない意見ですが……。
今の自分は最初から記憶を失ってはいなかったが、苦しみによる抑圧(ないし防衛本能)で記憶や自我を失っていると言って良い状態ではあったまま揺れ動いていた、という感じかなと思っています。自分を制御できていないような印象を受けるシーンがままあったので。
なんであれ忘れたまま(本当は忘れていないにせよ)でも、これは嫌だったんだな、とか後から振り返ると全てのシーンが立ち上がってくる構成は本当に素晴らしいです。
追記:
DVDにて二度目の鑑賞(2022/11/26)
二度目で分かった状態で観てみると、やはり初めから全く記憶を失っていなかった、という解釈で良いのではという気がしました。