劇場公開日 2022年3月11日

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「台詞や仕草が残した点が線になる・・・深い余韻を残す不思議な世界の物語」林檎とポラロイド よねさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0台詞や仕草が残した点が線になる・・・深い余韻を残す不思議な世界の物語

2020年11月8日
iPhoneアプリから投稿

東京国際映画祭で鑑賞。舞台は突然記憶喪失となってしまう病気が当たり前になった世界。ある夜バスの中で居眠りしている間に記憶を失った男が救急車で精神病院に搬送される。所持品に身元を示すものは何もなく捜索願も出ていないため名前すら不明の男は14842と呼ばれ、病院で様々な検査を受ける。政府は急増する記憶喪失者をサポートするため、記憶を取り戻すのではなく通称”新しい人生”プログラムを施行、医師は14842にプログラムへの参加を打診する。アパートと生活に必要な資金は支給され、自転車に乗る、釣りをする、郊外までドライブするといった課題をこなし、写真で成果を記録することが日課の日々を送る中で14842の心の中で何かが動き始める。

本作、なかなか奇妙な作り。まず映像サイズがチリ映画の『NO』やポーランド映画の『COLD WAR』でも用いられた4:3のスタンダードサイズ。出てくるガジェットもオープンリールのテープデッキやカセットテープレコーダーにポラロイドのインスタントカメラといったレトロなもの。それらが一見普通の街に奇妙な歪みを添えています。与えられる課題はカセットテープで与えられる。少しずつ難易度が高くなる課題を主人公が困惑しながらこなす様には思わずクスッとしてしまいますが、街の背景には記憶をなくす人々や同じプログラムの参加者らしき人が映り込み、滑稽さと悲哀が綯い交ぜになっています。そして物語の中にポツンポツンと放り込まれる仕草や台詞が遺した疑問符に対する回答が暗示されるクライマックスが残す深い余韻が湖面の波紋のように静かに胸の内に響きます。

主人公が観に行く映画の音声、さりげない会話の中で言及される映画のプロットがさりげなくクイズのような役割を果たしていたりして、どちらも未見なのに正解した自分がちょっとだけ誇らしくなったりする映画愛にも溢れた作品、これは是非とも広く公開されて多くの人の目に触れて欲しい素晴らしい傑作です。

よね