「不思議な作品だが悪くないと思う」ソング・トゥ・ソング 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
不思議な作品だが悪くないと思う
かつてのパンクの女王パティ・スミスが出ていて少し驚いた。以前レコード屋で何も知らないままに、ただ痩せ細ったジャケット写真が気になって「フレデリック」を買って聴いた記憶がある。
「フレデリック」は軽快な明るい歌で悪くなかったが、B面の「不審火」(「Fire of unknown origin」)がなんとも異様な曲で、低い声で唸るように歌われていたのが記憶に残っている。引っ越しで失くしてしまったが、今ならYou Tubeで聴けるのだろうか。
本作品はストーリーのない叙情詩のような映画である。窓から外を眺めるシーンが多く、その度に俳優の顔がアップになる。そしてモノローグ。その多くは内省的で、心象風景をそのまま言葉にしているようである。しかしモノローグだからどれも一方的で、会話から生まれる飛躍はない。登場人物の台詞の多くが監督・脚本のテレンス・マリックの独白だから、飛躍は必要ないのだ。
一見金持ちの若者たちの道楽の風景に見えるが、よく見ると男女ともに引き締まった身体をしているのがわかる。それなりにストイックな生活をしているという訳だ。食べ物を川に投げ捨てたり、レストランで料理を沢山残したまま立ち去ったりするところから、食に対する執着はないようだ。しかし性に対する執着はかなりのもので、性を讃えたり、性を弄ぶことを非難したりする。二律背反のようなモノローグは、どれもテレンス・マリックの精神性なのだろう。自分の中の矛盾を登場人物の対立する考え方で表現する。
ストーリーがわかりにくい映画だから、苦手な人はたくさんいると思う。しかしタイトルを「Song to Song」にしたことと、イギー・ポップやパティ・スミスを登場させているところから、人生にとって音楽が重要な役割を果たしていること、音楽の趣味も女性の好みも変化していくことを表現しているのが判る。ケイト・ブランシェットのアマンダからルーニー・マーラのフェイへと女性歴が変遷し、一方のフェイも喪失感から同性愛へと走りそうになりつつも、パティ・スミスの音楽と出逢って心が空っぽにならずにすんでいる。誰だか不明の年老いた女性はアルツハイマーの前兆に怯えて泣き叫ぶ。
これらすべてが美しい景色の映像とともに遠景で、あるいはアップで執拗に繰り返されるものだから、人によってはお腹いっぱいになったり眠くなったりするだろう。当方も少しそういう部分があったが、テレンス・マリックの深くて複雑極まる精神世界をゆらゆらと旅をするような感じの心地よさもあった。不思議な作品だが悪くないと思う。