「地獄と絶望の中でも希望を与えてくる“トゥルーノース”」トゥルーノース 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
地獄と絶望の中でも希望を与えてくる“トゥルーノース”
まさか北朝鮮で作られる訳ないが、てっきりかつての同国・韓国だと思っていた。日本/インドネシアの合作とは…。
3DCGアニメで一応フィクションだが、ノンフィクションのような迫真さ。まるでドキュメンタリー。
そして戦慄した。
本当にこんな事が起きているのかと…。
1950年代から1980年代にかけての北朝鮮の帰還事業。
当時の外国の政策なんて分からない…って思った時、『焼肉ドラゴン』でも触れられていたあの事か。
日本から北朝鮮に移民した在日朝鮮人のパク一家。
が、父が反逆罪で失踪。ヨハンは妹ミヒと母ユリら家族と共に突然、いわれなき罪で悪名高き政治犯強制収容所に送還される…。
父親が何かしようとしているのは薄々感付くが、家族やヨハンらは平穏な暮らし。
一転、収容所までは何が起きたのか訳が分からず。
そこでは、人としての自由や権利が一切無情に奪われる…。
過酷過ぎる重労働。
絶対的な服従、反すれば拷問。
磨り減っていく体力、精神力。
失っていく心。
こんな所に永遠。死ぬまで。
平和な時代、平和な国、平和ボケしている何も知らない私なんぞが言う資格なんかないかもしれないが、敢えて。
“地上の楽園”ならぬ“地上の地獄”があるのなら、ここ。
拉致に核ミサイルに収容所…。
北朝鮮の“人民”一人一人は我々と変わらないが、全く北朝鮮という“国”は…。
始まった収容所暮らし。
まだ幼い子供とは言え、重労働はパスされない。
ヨハンは顔や身体中、汚れての土掘り。
少しでも力不足だったり役に立たなかったら、作業班や看守から怒鳴られる。
収容所内には、同年代の子供たちも。やっぱり居る。ド○コ・マ○フ○イみたいな子分を引き連れた嫌味な奴。
日本に住んでたヨハンに「日本の豚! 豚みたいに鳴け!」
こいつ、ぶっ○してぇ…。
絶望と悔しさの余り涙するヨハン。
そりゃそうだよ。私だったら一日も持たない。
そんな時、インスと出会う。
乞音症の少年。
来たばかりのヨハンは疎外を感じていたが、インスもまた孤独を感じていた。
意気投合。“日本豚”と“どもり豚”として“餌”を恵んで貰う。
そこまで卑しい真似までしないと、ここでは生きてはいけない。
私にそれが出来るか。
独りなら無理。
共に出来る友が居るから、地獄の生存競争を生きていける。
清水ハン栄治はディカプリオも絶賛したというドキュメンタリーのプロデュースを手掛け、本作で監督デビュー。
自身も在日コリアン。幼い頃から収容所の事は聞いて育ったという。
「悪い事すると収容所に連れて行かれるぞ」
製作に当り、実際に収容所で過ごした人々や脱北者に話を聞き、証言やリサーチを重ね、10年の歳月を掛けて完成。まさに、力作!
実写ではなく、アニメ。キャラはそんなにリアルではない。
台詞は英語。
もしこれが生々しい実写だったら…? リアルなアニメだったら…? とても見ていられなかったろう。
世界の多くの人に見て貰う為に、敢えて世界で多用されている英語を使用。
監督の執念すら感じた。
9年が経った。
ヨハンとインスは収容所生活を生き抜いていた。
しかしこの9年間で、変化があった。
ヨハンは純粋な心を失っていた。
この地獄という収容所と過酷な生存競争を生き抜く為に、他者を落とし、看守に媚を売る。
自分を偽ってまで。
彼を心配するインス、ミヒ、ユリ。
そんな時、悲劇が…。
食べ物を巡るいざこざで、母ユリが…。
自分が生きる事ばかりに執着して…。
欠けがえのない人を失った。…いや、自分が死なせたも同然。
母の言葉。「美しいものを探して」
生きるとは…? 人間の本質とは…?
ヨハンは自分らしさを取り戻す。
収容所生活の苦しさ、厳しさは変わらない。
寒々とした風景がそれを象徴。
一人、また一人と倒れていく…。
自分たちも死んでもここから逃れられない。
…いいや。日本や他の国では、死後の世界があると信じている。そこでは、永久に幸せに暮らす…。
台詞は英語だが、日本や朝鮮の民謡は原語。人民の思いを込めて、胸に染み入る。
死ななければ解放されないのか。
ある日、ミヒが看守から“乱暴”を受けた。
その看守はかつては実直だったが、9年間で歪んだ性格に。ミヒに対して一方的で邪な想いを抱く。
普段穏やかなインスはそれを知って激怒。看守に殴り掛かったが、その後勿論、拷問。
何とか命は取り留める。
ヨハンは気付く。
インスとミヒは惹かれ合っていた。
こんな絶望の中でも…。
微かな光。
それを繋ぐ。
生きて、ここを出る。
始めて計画/行動する脱獄。
思わぬ人物の激励。誰もが彼らに託していた。
決行。行く末は…?
まさかの事態が。OP登場した人物が“彼”の方だったとは…。
あの地獄を脱出し、今こうやって手に入れた平穏な暮らし。
しかし、忘れない。決して。
そして、伝える。あの人の為にも。
北朝鮮は存在を否定している政治犯強制収容所。
それを信じろと言うのか。
ここまで衝撃的なものを見せられて。
証言してくれた人は皆、嘘付きとでも言うのか。
私は“トゥルーノース(=北の真実)”なら、人民を信じる。
もう一つ信じる。
“トゥルーノース”には、“正しい方向”“生きる意味”などの意味合いもあるらしい。
地獄と絶望の中でも、必ず居る。
希望を与えてくる存在の“トゥルーノース”がーーー。
> “トゥルーノース”には、“正しい方向”“生きる意味”などの意味合いもあるらしい
なるほど。すごくよいタイトルだったんですね。「荒れ狂う海を行く船に、正しい北の方向を示す」みたいな語源なんでしょうか。
近大さん
丁寧に書かれているレビューを読んで、幾つかのシーンが蘇ってきました。
或る日突然全てを奪われ、劣悪な環境に置かれ強制労働者となる悲惨さ、何に希望を繋いだらいいのか、体験した者にしか苦しみの真の深さは分かり得ないでしょうが、今も尚という事実が悲しいですよね。