「私たちの天秤」由宇子の天秤 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
私たちの天秤
ドキュメンタリーは真実を映し出す。
…とは限らない。
捏造や演出、都合よく編集された“偽り”も存在する。
ならば我々は何を信じたらいいのか…?
メディアの情報を鵜呑みにせず、自分で考え知る。
自分の考えが間違っている事だってある。メディアの全てが偽りではない。
ドキュメンタリーは見る者を時に揺らがす。不安定な天秤のように。
そして本作も。
3年前、女子高生がいじめを苦に自殺。
女子高生は生前いじめを訴えていたが、学校側は女子高生が教師と関係があったとし、退学を勧告していた。
教師は関係など無く、いじめを隠蔽しようとした学校のでっち上げだと訴えを遺し、この教師も自殺。
三者の意見が食い違い、メディアはこぞってエスカレート報道し、誹謗中傷は被害者/加害者の遺族にまで…。
もし、現実にこんな事件があったら、我々はどう見るか…?
おそらく世間の大半は、自殺した女子高生や遺族に同情するだろう。
悪い話が流れた学校側は社会の敵。
自ら命を絶ったものの、やましい噂が流れた教師もバッシングを浴びる。
果たして本当に、これが“真実”なのだろうか…?
教師と関係があったと言われ、女子高生や遺族にも厳しい目が向けられる。
教師の遺族にだって言い分がある。
全て学校側の責任なのか…?
この事件の真実を追うドキュメンタリー・ディレクターの由宇子。
彼女の目線は、単純に善悪や白黒を付けるものではない。
被害者側、加害者側、学校側、それぞれを深く掘り下げ、主張や矛盾や隠された事を炙り出す。
そこから見えてくるものがある。
誰の味方でもない。誰の敵でもない。ただ真実を映し出したいだけ。
それが関係者の救いになるか、悲しみをより深くするか、分からない。
だが、それがドキュメンタリーや報道に関わる者の使命。
真実を天秤に掛ける。
事無かれ主義の局のお偉い様にダメ出しされても、由宇子の信念は真っ直ぐだった。
そんな由宇子の天秤が揺らぐ事態が。プライベートと、事件を追っていく内に…。
夜は父・政志が経営する塾の非常勤教師として手伝う由宇子。
生徒からの人気も高く、親子仲も良好。笑顔が絶えず仲睦まじいって訳ではないが、仕事しながら夜ご飯のチャーハンを分け合ったり、何気なくも平凡な親子関係。
塾に新しい生徒が。その女子生徒・萌(めい)は、他の生徒とあまり関わらず、孤立。内に籠った性格。
ある日萌が嘔吐して倒れる。
彼女は妊娠していた。その相手というのが…
政志。
由宇子は萌の父親(由宇子と同じく父娘二人暮らし)や学校や警察に相談を促すが、「誰にも知られたくない。助けて」と懇願される。
周囲に知られたら萌はどれほどの目に晒されるか…。また、萌の父親は暴力を振るう。
由宇子は父を詰問。父は関係あった事は認めるが、力ずくや脅迫的ではないと言う。
父を許せない由宇子。
父は不祥事の覚悟を決めていたが、これが明るみに出たら…。
父は元より、自分、自分の仕事、萌、萌の家族、塾の生徒…培ってきたもの全てを失う事になる。
一人の責任問題じゃない。一人だけ償って、逃げようとするなんて都合のいい“偽善”。
関わった者、後に残された者の苦しみはどうするのか…?
天秤が大きく傾く。
由宇子は父を厳しく責めつつ、知り合いの医者に相談するなど秘密裏に処理しようとする。
これほどの皮肉があろうか。
ドキュメンタリー・ディレクターとしてどんな結果になろうとも真実を追求していた由宇子。
訴えは正論だ。
が、身内に不祥事が起こり、言葉は悪いが…いや、この際はっきり言ってしまおう。隠蔽しようとする。
彼女が真実を掘り出そうと躍起になっている“側”と同じ。
行為は曲論だ。
自分の信念とやろうとしている事が皮肉なほど矛盾している。
愚か、みっともない、恥を知れ…糾弾の言葉は幾らでも挙げられる。
だが、実際に私やあなたたちの身に起こったら…?
全てを失ってでも正論を貫けるか…?
頭や意思では判断出来ても、心が揺らぐ。人の心は脆く、弱い。
究極の事態に直面した由宇子を通じて、人の心を天秤に量る。
父の罪滅ぼしなのか、由宇子は甲斐甲斐しく萌の面倒を見る。
個別で勉強を見てあげたり、料理を作ってあげたり、時にはお金の支払いまで…。
威圧的だと思った萌の父。だが、娘と直に接する事で、親子仲が良好になっていく。それを円滑にしたのは由宇子なのだが。
これも皮肉だ。父の不祥事前は、自分と父の仲が良好で、萌とその父は冷え切っていたのに、父の不祥事後は、萌とその父の仲が良好になり、自分と父の仲が険悪になっていく。
萌親子と接する中で、由宇子はどう感じたのだろう。
もう修復不可能の自分たち親子に見切りを付け、萌親子に安らぎや温もりを感じたのだろうか。
が、由宇子は彼女の父に本当の事を隠している。
関係を深めるはイコール、罪悪感も募っていく。
仕事の方も順調。父の不祥事が由宇子のジャーナリズム精神を研ぎ澄ませたのか、視点が鋭くなり、プロデューサーや局から好評。
由宇子はさらに深く迫っていく。
被害者遺族だけではなく、加害者遺族にもフォーカス。
自殺した教師の母。
息子を失った悲しみの中、世間からの誹謗中傷。
引っ越しは一度や二度じゃない。暮らしているのはボロアパート。よせばいいのにネット上のバッシングをチェック。音も声も存在も立てず、身を隠して怯え過ごす日々。…
いつしか由宇子は、加害者遺族の姿を映し出す事に熱心になっていく。
方向性がズレているのでは?…と、被害者遺族からクレーム。
由宇子は両者の現実は繋がっていると説得。子を失い、人生の歯車を狂わされた悲しみは、どちらが大きいか天秤に掛ける事は出来ない。
由宇子の真実への信念は揺るがない。両者からも信頼を得ていく。
が、ここから厳しい事態が由宇子を襲う…。
萌の診察の結果、芳しくない。子宮外妊娠で、萌の命にすら関わる。
政志はやはり本当の事を萌の父に打ち明けようとするが、由宇子はもはや後戻り出来ない。
もし打ち明けるなら、番組のOA後に。多くの人が関わり、自分も心血注いだ番組を、父の浅はかなたった一度のSEXで葬りさられたくない。
教師の姉からもインタビュー。姉も世間のバッシングを浴び、彼女の娘は学校でいじめの対象に…。苦しんでいるのは一人二人だけじゃない。
由宇子はこの母娘とも親交を深めるが…、ある時衝撃の事実を打ち明けられる。
姉が持っていた教師のスマホに映し出されていたのは…。教師の遺書は実は…。
この真実の発覚により関係者から辞退の申し出。局も消極的になり、お蔵入りの危機…。
塾の男子生徒から萌のよからぬ話を聞く。
萌のお腹の子の本当の父親は…?
萌に真実を追求するが…。
一気に雪崩れ込むように直面する事態。不条理で過酷。だが、自業自得でもある。
由宇子の信念は…? 価値観は…? 倫理観は…?
全てが揺れ動く。不安定な天秤がちょっとした事で今にもバランスを崩す。
由宇子は萌の父親に真実を打ち明ける。
それは誠心誠意の償いか、一ジャーナリストとしての進退か、変わらぬ信念と真実か、それとも…?
日本映画ではなかなかお目にかかれないくらいの社会派力作。邦画の社会派作品史に間違いなく名を残す屈指の出来映えであり、邦画全ジャンルに於いても近年これほどのクオリティーと見応えはそうそうない。
2時間半の長尺で内容も重いが、それを感じさせない。社会派作品だがサスペンス作品レベルの緊迫感途切れず、見始めたらあっという間。終始引き込まれる。
一気に見せ切った春本雄二郎監督の演出力は震えるほど。シビアに、辛辣に、冷徹に、圧倒的な見応えと、見る者に訴え、問い掛ける。
由宇子や見てるこちらをも揺さぶる萌役の河合優実、根は善人だがたった一度の過ちが悲哀滲ませる光石研。
キャスト全員が名アンサンブルを奏でる中、作品の全てを体現する存在を放つのは、やはり瀧内公美。
信念、熱意迸る熱演。
苦悩、葛藤の複雑な難演。
演技力、存在感、佇まい、表情…その全てがカッコいいのだ。
美しい女優さんである。だが本作では、それ以上にカッコいいのだ。惚れ惚れするとはこの事。
『火口のふたり』での大胆演技も圧巻だったが、作品はあまり好みではなく…。作品も演技も納得の、瀧内公美と言ったらこの一本!…と断言出来る作品に巡り合った。
2021年の邦画主演女優は本作の瀧内公美と『茜色に焼かれる』の尾野真千子に尽きる。が、言うまでもなく日本クソバカデミーは無視。日本クソバカデミーは本当に○ね!
疑問も残る。
萌はどうなったのか…?
事件の真実は…?
ラストシーンの由宇子の行動。
明確な答えや締め括りには提示せず、見る者に委ねる。
由宇子のドキュメンタリーがそうであったように。
社会の不条理、人の愚かさをまじまじと見せつつ、見る者に問う。
由宇子の天秤は私たち皆の天秤。
秤に掛けられる。
> 誰の味方でもない。誰の敵でもない。ただ真実を映し出したいだけ。
由宇子のドキュメンタリー制作に見せるその真摯さが、この映画の心臓部ですよね。彼女は本当に真剣に取り組んでいる。
> 我々は何を信じたらいいのか…? メディアの情報を鵜呑みにせず、自分で考え知る。
たしかに。絶対に真なるものを求める気持ちが、既に自分で考えることを忌避しているのかもしれないと言われて気付きました。
近大さん
「 人気投票 」的な選考基準、有りそうですね。
私が…?…??…と感じた作品は…「 翔んで○○ 」なのですが( 推しの皆様すみません 。。)、世界中の方々に日本の作品として訴えかけるポイントが、未だに分からないままでいます。( テレビ鑑賞の上一度しか観ていませんが…。)
ひとりの映画ファンとして、何かしら心に響くような作品での選考をお願いしたいところなのですが。
近大さん
レビューに書いていらっしゃるニ作品が、日本アカデミー賞にノミネートさえされなかった事に私も違和感を覚えました。
以前ある作品が賞を総なめした時にもそう感じましたが。。
選考基準が分かりづらいですよね。