「鑑賞する側だけでなく、本作の作り手にも「天秤」を突きつける一作。」由宇子の天秤 yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
鑑賞する側だけでなく、本作の作り手にも「天秤」を突きつける一作。
表題の「天秤」とは、物理的な秤ではなく、善悪の評価を示す概念です。主人公のドキュメンタリー作家、木下由宇子(瀧内公美)は、ある事件についての番組製作を手がけ、真相を追求するために被害者側、加害者側の双方に肉薄していきます。その過程で彼らが報道によって傷つけられ、懊悩していることを知ることになるのですが、職業的使命に基づいて真相を追求していきます。しかしある件により彼女自身がまさに追っていた当事者の立場に立たされ、さまざまな決断を強いられるようになります。
作中、彼女が様々な場面で行う選択は、強固な意思と確信的な言動によって、それなりに正当性があるように見える一方で、偽善的であったり、非道徳的としか言いようのない面もあります。どのように振舞っても何かの歯車が狂う状況に、彼女も、その周囲も追い込まれていき、それを目撃している観客側も、彼女の選択を受け容れるべきなのかどうか、わからなくなってきます。このように本作は、ネット社会の問題点をえぐるといった次元に留まらない、「正しさ」とは何か、「正しさを基準として行動選択することが常に”良いこと”なのか」という、普遍的な問いを内包しています。それでいて物語としての面白さをきっちり保っているところに監督の優れた力量が示されています。
本作は、高所に立って観客の道徳観に揺さぶるをかけるといった性質のものでもなく、その批判は明らかに映画の作り手である側に向けられています。本作で扱っている事件一つひとつには、モデルとなった現実の事件があり、被害者や苦しみを抱えた人が存在しています。もし本作でこうした事件を単に物語的な要素として使い捨てたら、その批判の矛先は作り手に向かうことになります。そうした批判を受ける可能性を知りつつ、しかしその責任を引き受けて描き切ったところに本作の最大の意義があると思います。