「AIは人間の幸せの為に、人間はAIの幸せの為に」アイの歌声を聴かせて 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
AIは人間の幸せの為に、人間はAIの幸せの為に
ある事をきっかけに“告げ口姫”と呼ばれ、学校で孤立している女子高生のサトミ。
ある日、転校生が。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、天真爛漫な性格ですっかり人気者になったシオン。
そんな彼女の「?」な面。転校初日、自己紹介の場で、いきなりサトミに話しかける。
「サトミ、今、幸せ?」
それからもシオンは恥ずかし気も無く接してくる。…いや、正確に言うと、サトミの“幸せ”の事ばかり。
不思議ちゃんなのは間違いないが、彼女は何者…?
サトミが忘れている昔々の友達…ではない。サトミは彼女の“正体”に気付いた。母の“仕事”の中で。
サトミの母は大企業“星間エレクトロニクス”で、革命的なAI開発に取り組んでいる。
そう、シオンの正体は、サトミの母が開発した見た目は女の子の“AIロボット”だった…!
学園青春ものかと思いきや、転校して来たあの娘は、AIロボット。
何ともブッ飛びな設定だが、監督は吉浦康裕。以前にも『イヴの時間』などで“AIと人間”を題材にし、なるほどな設定。
『イヴの時間』はなかなかユニークで凝った設定だったが、こちらは設定を一旦置けば、王道的な青春ストーリー。
長編作はこれで3本目だが、最も見易く、万人受けもし易い。
劇場公開時、口コミで評判に。見る前はあまり期待していなかったが、見てみたら納得。
公開時期もレンタルリリースも近く、同じく福原遥が声の出演の『フラ・フラダンス』の方が気になっていたが、作り的にもクオリティー的にもこちらの方が一枚上手。
『イヴの時間』『サカサマのパテマ』と、吉浦監督はクリーンヒット続く。
極秘のプロジェクトで、試験中。
人間社会に紛れ込ませ、バレなかったら成功。
男社会で努力してきた母の命運を懸けたプロジェクト。
娘にはすぐバレてしまったが(って言うか、普通だったらその時点でアウト)、サトミは知らぬ素振り。
ところがどっこい、“オーバーヒート”してしまい、クラスメイト数人にバレてしまった…!
母親思いの娘。皆に頼み込み、見なかった事にして貰う。
母親や会社もこの事は知らない。という事で、AIロボットと事情を知る少女たちの、風変わりな学園生活は続行。
サトミが気が気でないのは当然。
シオンは人間で言う所のちょっとおバカな、ポンコツAI。
だっていつも、突然歌い出す。
転校初日のあの時を始め、あっちやこっちで。
歌って、踊って、もはや完全にミュージカル映画の世界。
でもそれは全て、サトミの幸せの為。
歌って踊れば、サトミは幸せになれる。
しかし、当の本人は…。
恥ずかしいし、そんなんで幸せになれる訳がない。別に幸せなんて望んでない。
もうヤメて~!
“AIと人間”の題材に、何かインパクト欲しかったという吉浦監督。
そこで取り入れたのが、兼ねてからやって見たかったというミュージカル。
別に本作、“ミュージカル・アニメ”ではない。
が、シオンが歌うシーンだけミュージカル調になる。
その作りがユニークで、本当にミュージカル作品を見てるような高揚感もあり。
シオンの声を担当したのは、土屋太鳳。
天真爛漫な台詞はぶりっ子ラブコメで演じてきた役柄が決して無駄ではなかったようで、本人の生歌による劇中歌ではいずれも美声を披露。
その歌声には聴き惚れてしまう。
当初はぶりっ子役ばかりであまり好きではなかったが、最近はレパートリーも増えて本来の実力を発揮し、すこぶる好調!
シオンの予測不可能な言動に振り回されっ放しだが、それが不思議とサトミやクラスメイトの心や関係に影響を及ぼしていく。
最近関係がぎくしゃくしていた学校一のイケメン人気者ゴッちゃんと彼女アヤの関係修復に一役買う。
一度も試合に勝った事のない熱血柔道部員サンダーの稽古相手になり、初勝利に一役買う。
それらがきっかけでサトミは彼らと親しくなる。アヤなんてサトミに当たりが厳しかったが、随分と丸くなる。
ずっと“ぼっち”だったサトミ。久し振りに出来た友達。
皆で“エスケープ”してサトミの家に集まったり、誰かと親しくなったり学校生活って、こんなに楽しいんだ。
それがサトミにとっての幸せかと問われたらまだ分からないが、シオンが育んでくれた輪である事は間違いない。
サトミには幼馴染みが。電子工作部のトウマ。ハイテクオタクで、シオンに(あくまでAIとして)興味津々、大興奮。
幼い頃は親しかった二人。が、ある事がきっかけで今はほとんど接点無く…。
サトミが“告げ口姫”と言われるようになったのは、このトウマが関わる事。彼の為にした事。
言わずもがな、二人は今でも心の中では…。
学習能力も高いシオン。サトミの幸せはただ彼女自身が幸せになるだけじゃ本当の幸せではなく、彼女の周りも幸せになる事で、サトミ自身も幸せになる事を学習する。
一人は皆の為に、皆は一人の為に…って言葉あるけど、まさにそう。
サトミの幸せは皆の幸せに。皆の幸せはサトミの幸せに。
不器用でいじらしい二人の為に用意した、“ファンタスティック・ロマンチック・ミュージカル”な場。
それはサトミが子供の頃から大好きな女の子向けミュージカル・アニメ『ムーンプリンセス』のようなシチュエーション。
そんな夢みたいな憧れの中、幼馴染みとヨリを…。
事件が起きる。
大人たちの傲慢。
会社内で、サトミの母の失脚を企てる男どもの妬み。
シオンは捕らえられ…。
母親は会社の男どもの策略でクビになる可能性が…。
せっかく仲良くなった皆にも迷惑を掛けてしまった。
激しく後悔するサトミ。
こんな事なら皆と仲良くならなければよかった。一人のままでいた方がよかった。
本当に、そう…?
皆と楽しく過ごした“幸せ”。
それを知ったら、もう一人でいる事には耐えられない。
皆だって分かっている。サトミのせいじゃない。
トウマの音痴な励ましもあって…。
サトミたちはシオンを救出すべく、星間エレクトロニクスに潜入する。
誰一人欠けて、幸せなんかじゃない。
シオンは私を幸せにしてくれた。今度は私がシオンを…。
それにしても、シオンは何故こんなにもサトミの幸せを願う…?
それは、まだサトミが幼い頃の“出会い”。
ある一つのAIおもちゃ。
ずっとサトミを見守り続け、サトミの幸せを願っていた。
人間の科学力やAIのプログラムを超えた、奇跡=思い。
母との関係(毎朝母と必ず行う“元気に頑張る”やり取り)、
友達と呼べる存在、
シオンの純真無垢な幸せの思い、
それらと知り合って、触れ合って、サトミは今再び問われたら、こう答えるだろう。
サトミ、今、幸せ?
幸せだよ、と。
映像美。
楽曲の素晴らしさ。
コミカルと感動と爽やかな見心地。
人の幸せ、AIと人間の在り方も問うた理想的な良作だが、うっすら裏テーマも見え隠れした。
ただひたすらサトミの幸せを願うシオン。AIの自我と言っていい。
これが善意ある思いだから良かった。
もし、AIが人間に対して不審を抱いたら…?
その時、どんな行動に出るか…?
ハッピーの中に、絶対あり得ないとは断言出来ないテクノロジーの危険性を、裏メッセージとして気付かせてもくれた。