「聖なる善悪者」聖なる犯罪者 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
聖なる善悪者
映画の世界では時に、偽物や替え玉や成り済ましが活躍したり、本物以上に周囲を魅了する事がある。『サボテン・ブラザーズ』『バグズ・ライフ』『ギャクシー・クエスト』『影武者』『ディア・ドクター』『王になった男』…。
本作は衝撃。
ポーランドの実話が基。
少年院に服役中の青年、ダニエル。そこで人生を変える出来事が。
訪れる神父トマシュの影響で、熱心なキリスト教信者に。自身も聖職者になりたいと願うが、前科者は聖職に就けないという壁にぶち当たる。それでも諦める事が出来ず。
仮釈放。ダニエルは少年院から遠く離れた小さな村の製材所で働く事に。
村には教会があり、立ち寄る。そこで一人の少女マルタに「司祭だ」と身分を偽った事から…。
すぐバレるに決まってる。
聖職者を偽るなんて…。
しかも、前科者が…。
ところが…
何の怪訝もなく受け入れられる。当の本人がビビって、逃げ出そうとしたくなるほど。
村には元々皆から尊敬される神父がいるが、急な病で倒れる。
そしたらこれまた急に、神父の代理を頼まれる。
俺に出来る訳ねーだろ!
これも嘘付いた罰なのか。もう、やるしかねぇ…。
一発でトチる、すぐ化けの皮が剥がれる…かと思いきや、たどたどしくはあったが、何とか大役を果たした。
いや寧ろ、ダニエルの“神父ぶり”は非常に好評。
元の神父が入院する事となり、本当に“代理”どころじゃなくなる。
告解にも連日村人が訪れる。無論ダニエルは、神学校など行った事ない。関連本やスマホを見ながら。
教会での説教。時に突飛で独特。が、それが固定観念に縛られず、村人の心に響いていく。
聖衣を脱げば、ジャージ姿。煙草を吸い、村の若者たちと酒を飲み交わす。ラフでフレンドリー。
気が付いたら彼は、村には欠かせない存在になっていた。
改めて言うが、彼は村人は本性は知らぬが、“突然現れた前科者”だ。
何故そうも簡単に偽れた?
ここが田舎で、村人が単純だから…?
ダニエルが悪質で、巧妙な手口だから…?
いや、そうではあるまい。
ダニエルは本当に熱心な信仰心を持っていた。
心から村人たちの助けになりたかった。
村人たちも苦しみ、悲しみ、罪の告白…助けを欲していた。
その2つが因果的に結び付いたのだ。
それを象徴するような事件が一年前、この村であった。
一年前、ある男が運転する車が事故を起こし、本人は勿論、乗っていた若い男女6人も亡くなるという悲しく痛ましいもの。
その中には、マルタの兄も。
この事故は今も村の後遺症として重くのし掛かっている。
村はとても静かで穏やか。が、何処か悲しい雰囲気漂う。
その原因が、この事故。
しかしその悲しみの中に、怒りや憎しみも孕む。
無論その矛先は、事故を起こした男。
村には亡くなった若者たちの写真が祭壇に飾られているが、男のだけ飾られていない。
男には妻がいるが、村人たちから完全疎外、孤立。それ故妻も村人たちに反抗的。
村を蝕む問題、闇、病…。
ダニエルはマルタと共に解決しようとする。村人たちや男の妻と真っ正面から向き合い、詳しい話や告解や赦しも…。
が、この事が村中に波紋を投げ掛ける…。
触れてはならない部分、一線越えてはならない部分、タブー、足を踏み入れてはならない領域に土足で踏み込んでしまった。
それまで村人たちから信頼や尊敬を集めていたダニエルだが、厄介者扱いされていく。
傲慢な町長とも対立。
ダニエルは男の写真も祭壇に飾り、男の遺骨を墓地に埋葬し、葬式も上げる。この村で、村人の一人として。
村人のほとんどが反対。
それでもダニエルは諦めない。自分は間違っていない。信念を持って。
その数日前、町長が運営する製材所オープン式にて…
工員の中に、見知った顔が。
その男と出会った場所は、少年院…。
案の定、あっちにもすぐバレていた。
定番の脅迫。金の要求。
もし、村人たちに自分の素性がバレたら…。
しかも、今このタイミングで…。
精神を追い詰め、すり減らすほどの2つの問題。
これもやはり、身分を偽った罰なのか…?
しかし、主よ。信じて下さい。心は決して偽っていません…。
まだ40歳。静かではあるが、一貫して緊迫感途切れぬヤン・コマサ監督の演出に引き込まれる。
弱冠29歳。実話を基に、信仰、罪、赦し、事故や部落内での差別、人の本質を問う。マテウシュ・パツェビチュの卓越した脚本。
弱冠29歳。慈悲に満ちた表情、穏やかな佇まい…“神父”の時の顔と、目を見開き、狂気すら滲ませる“犯罪者”の時の顔の演じ分け。バルトシュ・ビィエレニアが圧倒的な存在感と演技力。
凄まじい才能の3人!
村人たちの反対を押し切り、遺骨を埋葬。村人たちの冷ややかな目。
その後、葬儀ミサを行う予定だったが…、思いもよらぬ人物が現れる。
“ダニエル神父”もここで終わり…が、逃げ出してまで、教会へ。
最後の説教。突然の行動に出る。
これまで多くの人たちの罪の告白を聞いてきた。
が、告解していないのは、唯一自分。
全てをさらけ出す。
ラストはある場所にて。
衝撃の事件を起こす。その時の狂気に満ちた表情…!
やはり彼は、悪人なのか…?
悪人である。
善人である。
善の顔と悪の顔。
どちらが本当なのか…?
どちらも本当なのだ。
ダニエルに限った事じゃない。村人たちも。
それは罪なのか…?
否!
誰しも善=強き心、悪=弱き心を持っている。
だから、罪を犯してしまう。
だから、赦しを乞う。
だから、赦す事が出来る。
だから、愛する事が出来る。
人が人である所以。