「よくできた楽しい作品」オン・ザ・ロック 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
よくできた楽しい作品
家族第一主義のアメリカ映画の多くは家族を守るために戦うアクション映画か、家族間の衝突と和解を描くヒューマンドラマだ。本作品は後者に属する。
「ゴーストバスターズ」ですっとぼけた剽軽な演技が評価されたビル・マーレイは、歳を経て更に味を増してきた。「St. Vincent」(邦題「ヴィンセントが教えてくれたこと」)では、聖者が俗物の爺さんの皮を被ればこうなるかもしれないと思わせる主人公を演じ、前作の「デッド・ドント・ダイ」ではやはりどこかトボけた警察署長を好演。本作でも矛盾だらけの小洒落た老人を存在感たっぷりに演じてみせた。
フェリックスが自分のことを棚に上げて語る人生観には、それでもいくつかの真実がある。彼自身も含めて世界を笑い飛ばすユーモアもある。若い女には理解できないが、内側に矛盾を抱えつつの飄々とした生き方は、一定の年齢を過ぎた女性には受け入れられるのだろう。フェリックスは年配女性にモテモテだ。
マーロン・ウェイアンズが演じた夫ディーンは仕事に一生懸命で誠実そのものだが、その妻である娘ローラが小さな疑いを持ったのをきっかけに、フェリックスは茶目っ気たっぷりの遊びを仕掛ける。真面目なローラはそれが遊びであることに気づかないままストーリーが進み、吉本新喜劇みたいな落ちで終わる。
ローラの立場で鑑賞するとありがちなホームドラマになるが、フェリックスの立場で見るとコメディである。フェリックスは娘が人生のある種のターニングポイントを迎えたことを知り、それを上手に切り抜けさせるための策を講じる。フェリックスは隅に置けない老人なのだ。真面目そうな運転手がさりげなく手伝うところも洒落ている。
フェリックスが撒いた伏線はローラの前ですべて回収され、ローラは最後に父の真意を知り、物語は一分の隙もなく完結する。よくできた楽しい作品だと思う。