「アイリッシュもののけ姫に隠されたメッセージ」ウルフウォーカー しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
アイリッシュもののけ姫に隠されたメッセージ
アイルランドを舞台にした「もののけ姫」のようだ、と感じた。
ただし、宮崎作品のようなボーイ・ミーツ・ガールの要素はなく、つまり、そういう華はない。
むしろ、主人公2人が少女で、LGBTの趣を感じる。片方の名前がロビンという、本来は男性の名前であるのも意図的か。
自然を母系、町(人間)を父系とする対比が鮮やか。
ゆえにウルフウォーカーのメーヴには母親しかおらず、ロビンには父親しかいない(護国卿の妃も描かれていないことに注意)。
そして、自然は自由、城壁に囲われた町は管理の象徴とする対比も分かりやすい。
その壁を越えるのは少女、つまり、子どもであり女性だ。
大人の男は管理する側に回り、柔軟性がなく、不自由だ。ロビンの父親は、初め、そのように描かれ、ロビンに対し「お前のためだ」「お前を守りたいんだ」と繰り返すが、それに対してロビンは「ここは牢獄だ」と叫ぶ。
ラストのロビンの父親とメーヴの母親との結婚は、人間と自然の共生を象徴すると思うのだが、しかし、最後のシークエンスで住む森を離れていくのはどう理解したらいいか。
本作の舞台はアイルランドだが、ロビン親子はロンドンから来たイングランド人という設定だ。つまり、この地に残ったとしても「よそもの」であることには変わりはない。護国卿がいなくなった以上、ロビン親子はここには住み続けられないのだろう。
本作には、人間が自然を侵すことと、イングランドによるアイルランドの征服、という「二重の支配」が描かれている。
町の住民は不安と不満を抱えているように描かれているが、これは狼に関することだけではなく、護国卿の政治に対するものも含まれているはずだ(護国卿の森林開発には、食糧問題の解決のため、という説明がある)。つまり本作は、「護国卿が、政治課題を森林開発で解決しようとして失敗した物語」とも解釈できる(護国卿は森を開発できなければ、自分はこの土地に残れないと悟っていたから、死を選んだのではないか)。
このラストシーンが「自然と人間とは共生できる」というメッセージとともに、「だが、人間同士の対立は克服できなかった」ことを表しているのだとしたら、痛烈である。
アイルランドとイングランドの歴史的対立を思うと、アイルランドの側がイングランド支配を容認できないのは当然とも思える。
独特の作画だが、中世ヨーロッパの味わいが感じられ、何より美しい。
メッセージ性と娯楽性を兼ね備え、子どもも楽しめ、大人の鑑賞にも耐える。
傑作である。