「「私はこの時代に生きたのです」と呼応できる歓びがある」AWAKE ピラルクさんの映画レビュー(感想・評価)
「私はこの時代に生きたのです」と呼応できる歓びがある
私は8ビットパソコンの時代に、松原仁著の将棋アルゴリズム本を図書館で借りて読んで、将棋は完全情報ゼロサムゲームだとか、そんなことに触れはしたけど、電王戦の頃はすでに関心を失っていて知らなかった。なので、展開を固唾をのんで見守ることができた。もっとこの世界に詳しい人なら、電王戦の一部始終や裏話までご存知だろうから逆に楽しめないと思う。私は条件のよい観賞者だ。
本作はマニアックな世界を描いているが、世界がマニアックなだけで内容は決してマニアックではない。マニアックな視点でみると逆にハテナな箇所も目立つ。例えばコンピュータ思考中に画面右にいつも流れるコード。知らない人はコンピュータの思考の軌跡だととるかもしれないが、ソースがあんな速度で流れてるのは飾りでしかない。あの演出は本物にもあったのかなと気になる。まぁそんな些細なことはいいとしても、勝負の分かれ目となった2八角については、ちょっと疑問が残る。
平均したら強い手を指すけど、ときどき致命的なポカもする、というのがAI将棋のクセだったはず。2八角のその一局面に限らず、ポカ局面は山ほど埋まっていたのは想像に難くない。そしてプログラミングとは精度向上とデバッグが作業の九割以上を占めるもの。映画は2八角を唯一の弱点だったように描いていたが、ポカ局面は無数にあったはずでそれが総合力。プロ棋士側も通常のプロ棋士同士の対局と同様、相手の得意戦法をかわして有利な展開にもちこむのが将棋に限らず勝負事の常。映画は史実とは別にフィクションとしてこしらえつつも、2八角をめぐっては不安定な着地しかできていない。カタストロフィーのない所に、無理にカタストロフィーを持っていった消化不良が大きい。
この作品に、とくべつ情感ゆさぶられることもなければ、とくべつ沈思黙考を誘われるわけでもない。しかし観終えての満足感はある。こういう作品がつくられて鑑賞できたこと。マニアックな分野ながらも、ひとつの世界と時代、その流れを描いてくれていたから「私はこの時代に生きたのです」と呼応しつづけることができた。観賞中そういう静かな歓びがずっとあった。