「実話ベースの寓話」アーニャは、きっと来る しずるさんの映画レビュー(感想・評価)
実話ベースの寓話
第二次世界大戦。ドイツ軍の進行、パリ陥落後、フランスは親独政権が樹立。休戦協定が結ばれ、ドイツの占領下に置かれた。パリに近い北部では、大量のユダヤ人強制収容が行われた。占領軍への反感も根強く、レジスタンス運動、スペインやスイスなど中立国への逃亡の手助けなど、民衆レベルで行われた例も多くあったという。
スペインとの国境の田舎町では、戦火も敗戦もさほど身に迫る感なく、いつも通りののんびりした暮らしが続いていたが、隠れ潜むユダヤ人との出会い、近くの村での処刑のニュース、ドイツ駐留軍の到来と、じわじわと非日常が忍び寄って来る。
ドイツ兵達は比較的友好的な態度をとるが、村人の敵国兵への反感も強い。ふとした事で互いのへ疑念や憎悪が吹き上がり、不穏さを増していく。
ユダヤ人のベンジャミンは、親戚の家に匿われながら、はぐれた娘が必ず辿り着く筈だ、と待ち続けるが、本当は、ほとんど望み薄だと諦めていたのではなかろうか。子供達を保護して、山脈の向こうのスペインへ逃がすという行為は、彼の贖罪ではなかったか。やむを得ない事ながら、幼い娘の手を離した事を後悔し続け、だからこそ、いざ亡命の時、不安がってごねる子供の手を、再びは離せなかった。
この時、手を離さずに運命に身を委ねた2人は恐らく収容所に送られ、手を離した娘のアーニャは、後に約束の場所に無事辿り着く。運命は皮肉なものだが、どことなく、神の御心は人の理解の及ぶものではないという、キリスト教的観念が伺いとれる気もする。敵兵ながら心通わせた将校が、善人ながら子を失う悲しみを背負い、交流の終焉が幸福に終わらないのも同じく。そもそも、主人公が羊飼いであるというのが、いかにも隠喩じみている。
因果応報に慣れた日本人の感性としては、少しやりきれない思いがするが、救われた命と、救う為の人々の団結と、成長した少年の心と、美しいピレネーの山容が、口の中の苦みを僅かに和らげてくれる。
一方、保護される子供達の経緯が全く語られなかったり、傷付いて帰還し、荒れる父親の態度の変容が酷くあっさりしていたり、村人達の団結が余りにもスムーズだったりと、些かリアリティに欠ける部分もある。
何度か回想風の語りが入ったりするので、いっそ完全に語り聞かせの体裁にしてしまえば、寓話のようなものかと納得できもしたかも知れないが、何となく咀嚼しきれないもやもやが残ってしまった。
透明感と少年らしい真っ直ぐさを合わせ持つノア・シュナップ。寛容ながら切れ者のドイツ将校を人間味たっぷりに演じるトーマス・クレッチマン。頑固で魅力たっぷりの老人、ジャン・レノとアンジェリカ・ヒューストン。配役はピッタリ嵌まっている。
どうして洋画のお年寄り達は、こんなにもセクシーで可愛らしいのだろう。オルカーダばあちゃん、昔は村のモテモテマドンナだったんだろうなぁ。ジャン・レノも、お腹の出たお爺ちゃんになっても、カッコイイよ。