ノマドランドのレビュー・感想・評価
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ドキュメンタリー映画?
仕事帰り、期待を込めて公開初日に観に行きました。NHKのドキュメンタリーのような内容でした。長年連れ添った連れ合いに先立たれ、車に荷物を積んで出かけて行くという内容は、高倉健さんの「あなたへ」を思い出しました。がしかし、健さんは死んだ奥さんの故郷に散骨する、という目的がはっきりとしていましたが、本作の主人公は目的が見えません。
アメリカを舞台にしたロードムービーをいくつも観てきました。いずれも面白い映画ばかりでした。例えば1991年頃に観たデビットリンチの「ワイルドアットハート」は本当に面白く魂を鷲づかみにされた記憶があります。
翻って本作は、旅先で何も映画らしいエピソードがありません。年寄りばかりだから仕方ないですが、出演している人の外観が魅力に乏しく、起伏の少ない内容なので、「面白かった」という感覚とは無縁の映画です。では、心に刺さるかというと、全然刺さりません。しかも出演している年寄りは皆さん自分勝手でわがままな人たちばかり、という印象で、僕たちを導いてくれるような立派なことも、全然言ってくれません。
もちろん主人公を通して現代アメリカ人に対して言わんとしていると、訴えたいことは何となく分かるのですが、僕は日本人なので残念ながらあまり共感もできませんでした。もちろん、ドキュメンタリーフィルムと割り切れば良いのかもしれませんが、お金を払って観に来た人の気持ちも考えてほしい、とも思います。
そもそも僕が息子の立場なら、父母にこのような振る舞い(車に乗って無目的にふらふらどこかへ行くこと)は止めてもらいたいですし、僕が年寄りの立場になったとしたならば、このように人様に多大な迷惑をかけうる振る舞いはしたくありません。映画の中のあるおばあさんは肺のsmall cell carcinomaになって、余命いくばくもないので好きなことをする、好きな場所で死にたい、と言っていますが、客死は現地の人たちに多大な迷惑をかけますし、治療放棄は一種の自殺に近い感覚を周囲の人に与えるので、家族に嫌な思いをさせるだけです。
死を迎える者は、残された家族が納得できるように、できるだけ家族に悔いを感じさせないように振る舞う義務があると思います。ましてや酸いも甘いも嚙み分けた老人であれば尚更です。それが出来ない老人は人生の先輩としてもまったく尊敬も出来ません。
意思のある「ノマド」という生き方
経済至上主義社会から弾かれた被害者たちの、「悲痛」「厭世」「互助」を描く映画ではなかった。
「将来的な安定」
「暖かな団らん」
「柔らかなベッド」
我々はこれらを幸せの象徴かの様に理解しているが、そうではない価値観があることをあらためて気付かされる。
その良し悪しを問う映画でもない。
自家用車で寝泊まりする人々は日本では「=貧困・可哀想な人々」として捉えられがちだが、ここで描かれる人々は身寄りもあるし、共に生活しようと求めてくれる人もいる。
繰り返し登場する「恐竜」と「石」。
自分が世界に生まれた意味とは何なのか。
その繁栄の末に何を残すのか。
それは偉人だけに与えられた命題ではない。
実際、これを観客として見ていて急に思いが浮かぶ。
「え?私とこの主人公、幸せなのはどっちだろう。」
自らの人生、生き方そして死に方を自分で選ぶ「ノマド」と、資本主義の中で振り回される我々。
他人は自分の人生を生きられない。
正解なんてない。
相対的な平均を基準に幸せを計るのか。
自分の満足をもって幸せと感じるのか。
映画としての評価は、何しろ出演している人たちの素晴らしさ。
そして切ない音楽とアメリカの絶景の素晴らしさ。
観ている間は正直クライマックスに見えない流れも、こうして書きながら思い返すと、感慨が溢れてくる。
See you down the road.
傑作です。
17
初っぱなから放◯シーンでドン引きしました。 まぁそうかもしれないけ...
出てくる人々が少し羨ましくなった
ファーンや他のノマドの人々が生き生きとしていて、見ていてその生き方含めて少し羨ましくなりました。
また終盤にノマドの生活をしていると「さよならがない」という話が本当に素敵だと感じました。「またどこかで」という挨拶、そしてボブもファーンもそれぞれまた息子や夫に会える……。
美しい景色が多く見れて、さらに人々の人生を垣間見ることができた気がします。
出演者の中に実際にノマドとして生活をしている人々がいることがあとからわかって驚きましたら。
素敵な映画に出会えて本当によかったです。
教科書
共感
人生は旅
生き方とは、
ノマドランド、
側からみたら、汚い、イタイ、いい歳して何やってるんだ、
そんな言葉が飛び交いそうだが、本作を見ると、
一人一人が望んで、その生活へと飛び込んでいってるのがわかる。
それぞれの理由があって、その生活をしている。
その理由すらも、この作品を見れば、必要がないような、
そんな気がするのだ。
誰もいない岩山、誰も見ていない朝焼け。
死んでもいいほど美しい卵の殻。
それは、もはや生と死を超えた、
この地球と宇宙と一体になるような感覚かもしれない。
暖かい家庭より、孤独を望むのは、
死した人への愛だったりするしね。
汚いものや、生活のリアルを描きつつも、
それが人間らしさだったり、儚さだったり、
美しく見えるのも、ああいう生活をしているかですかね。
エンドロールでノマドの人々は本名なのもいいよねえ。
それにしても、途中のフライドチキンが美味しそうすぎた!
あと、布団の中で写真を眺める表情の深さよ。
ブロンド美女枠や、アニメオタク枠があるように、
もはや、"フランシスマクドーマンド“という枠組みですな。
唯一無二の女優さんであり、人間であるように思う。
この役、他に誰が出来たよ…。
ただ、アカデミー賞受賞はない気がする。
そういう作品ではなく、彼女のありのままの、
生きる力強さがそのまま役として現れているような、そんな魅力でした。
本当のサヨナラを知るからこそ
ノマドライフのドキュメンタリーのようで、その生活と幾度もの別れを疑似体験したよう。
不可抗力に生まれてしまった「大きな喪失感との向き合いの過程」としての流浪。疲弊感がつのるほどに癒しが遠ざかるような気もしたけれど、大地に癒され時間に癒され、ゆったりと心が解けていくのを見て、やっとホッとすることができた。そのくらい、この旅の終わりがどうなるのかと、身内かのように心配してしまってた。
ハウスレスとしての生き方、ボヘミアン、遊牧民などいろいろな人がいる。そうありたくてそうある人もいれば、今だけ社会と距離を置きたい人もいる。
その誰もが存在していて良いのが地球という大きなマザーシップで、国や行政や企業はそこに間借りしている。そこで「居場所」を失う人たちが一人でも減ると良いなと思いました。”Earthship”という言葉も印象的でした。
(´∀`*)〝さよなら〟のない人生
良かった、、、、。アメリカ、季節ごとにキャンパーで渡り歩きその地で働く高齢者の生き様を描いたお話です。過酷な生き方なのですが、その生き方に誇りを持つ彼らに敬意を払いたい。主人公のファーンは幾度となく定住のチャンスがあったにもかかわらず放浪する。
その生き方は〝さよなら〟がないから、、、、、。大切な誰かを失い整理がつかない人達はこの生き方を好むのでしょう。大切な誰かをなくしてもどこかでまた会えるんじゃないか?という生き方だからなのでしょうかね。
別れに交わす言葉が
〝いつかどこかでまた会いましょう!〟素敵です。
広大で美しいアメリカの大自然がいつまでもこの生活、この生き方が続く事を表しているような、、、そんな気持ちになれます。
しかし、凄い綺麗なロケ地、、、。なんて言ったか忘れちゃったンダけど。
もっと痛感した事は身体を動かした労働。私にはコレが激烈に欠けています。
どうにかしたいと思います。
タイトルなし
捕らわれない生き方
生き方や思想でもあり、理想でもあり、「過程」でもある作品かと思います。
アカデミー作品賞ノミネート作で「ミナリ」と並んで、評価が高く受賞するのでは?と目される話題の作品を観に行きました。
鑑賞した「TOHOシネマズ新宿」はなかなかな盛況ぶり。
で、感想はと言うと。良い。
…ただ良い作品なんだけど、個人的にはちょっと淡々とし過ぎているかな。
この淡々さが良いと言う人と「アカン。合わない」と言う人に分かれそうですが、個人的にはちょっと淡々し過ぎw
たんたんと言い過ぎましたが、監督のクロエ・ジャオの継母は女優の宋丹丹(ソン・タンタン)って言うのを書いてから知りましたw
アメリカ西部の路上に暮らす車上生活者たちの生き様を描いたロードムービーで、高齢の主人公、ファーンの生き方が何処か刹那であり、孤独に気高く描かれています。
ネバダ州の企業城下町で暮らす60代の女性ファーンは、リーマンショックによる企業倒産の影響で、長年住み慣れた町が廃都と化し、住む環境を失ってしまう。
夫を亡くした事もありキャンピングカーに全てを詰め込んだ彼女は遊牧民として、過酷な季節労働の現場を渡り歩きながら車上生活を送ることに。毎日を懸命に乗り越えながら、行く先々で出会うノマドたちと心の交流を重ねていく…
最初に難点を言うと娯楽性が少なく、ファーンの目的も分かり難い。
主要キャスト以外は実際にノマド生活をしている人達が出演しているからかドキュメンタリーな感じもします。
そもそも、車上生活を送るのに当たり、「金銭的な事情でそうせざるおえなかった」者と「自ら望んだ」者とでは意識も違うので、そこを理解する所から始めないとこの作品は理解し難い。
「スリー・ビルボード」のオスカー女優フランシス・マクドーマンドが高齢の流浪の車上生活者ファーンを演じていますが、個人的には何処か頑なにも感じるんですよね。
家を持たざる者としての生活の割には、車が故障した際の修理費を姉に頼ると言うのは仕方ないにしてもちょっと安易にも映る。
車上生活をしているのなら車の故障なんて起こりうる想定内の出来事かと思うんですが、その修理費が無茶苦茶莫大でもないのに、それすら貯金してなくて「自分はノマドの生活に誇りを持っている」と言われても、ちょっとどうなの?と映るんですが如何でしょうか?
ただ、いろんな事があって、その生活を選んだ訳で、その理由は本当の所は本人しか分からない。そこの真意を全て理解しようとしても無理だと思うんですよね。
この作品はそこに魅せる映像と生き方の断片なのかと。
都会の香りが殆どしない描写が多く、ハイウェイの横目に様々な大自然が広がっていく。
雄大な風景と無限に広がる空。1日の始まりと終わりを虚いの様に描き出す情景は大きく共感を産むのかは人それぞれとしても静かに心のひだに沿っていく様な感覚を感じます。
まるで水滴が長年に渡り、石を穿つかの様に何かを解していく様が心地良いんですよね。
これって、スローライフにも似た様な感覚なのかと。
ノマドと言う言葉はこの映画の前では知らなかったんですが、現代用語としてWI-FI環境のあるカフェなどで仕事をする人を指す「ノマドワーカー」と言う言葉を思い出しました。
それと同じ意味に近いとの事で、最近ではコロナ禍の影響でテレワークを推奨している企業も増えている事からノマドワーカー(ノマドワーク)はノートパソコンやスマホがあって、WI-FI環境であるならば、どこでも仕事が出来るので、今の社会性事情に「ノマド」はある意味タイムリーw
また、同じくコロナ禍で所得の低下等で最低限の物しか所有しない「ミニマリスト」も注目され、家を持たない生活も見直しされていますが、個人的には家を持たないというのは何かと不便でデメリットが多い(気がします)。
一番は住所が無いので証明などがし難い。郵便物などが届かない。また受け取りがし難い。普段家でやれている事が大幅に制限される。特に風呂とトイレと言った物は不便この上ない。
勿論いろんな事で応用も出来るとは思いますが、それでも自身の家に住むと言うのが当たり前と考えているので、どうも違和感を感じる。
たまにだったら良いけど、友達の家に居候するのもホテル暮らしもどっちかと言うと嫌なので、ノマド生活は自分には合わないなあw
でも、こういう生活にも憧れる気持ちはなんとなく分かります。
作品配給がサーチライト・ピクチャーズと言うのも知ってちょっとビックリ。
サーチライト・ピクチャーズが20世紀スタジオの姉妹会社と言うのを知らなかったので、あのオープニングを見た時に「あれ?社名変更したのか??」と思いましたw
作品としては淡々と書きましたが地味と言えば地味w
ドキュメンタリー的な感じの作品で娯楽性は正直少ないし、何処か思想感が漂う。
でも昨今の娯楽性豊かな作品の中ではいろいろと考えさせられる事がある作品だし、ロードムービー系は嫌いじゃない。
アカデミー作品賞ノミネート作の中でも「ファーザー」や「ミナリ」と並んでの有力候補作の一つですが、こう考えると最近のアカデミー作品賞候補作の毛色は以前とは少し変わってきているかなと。
まあ、それでも何処か政治的匂いは感じますけどねw
ちなみにアカデミー作品賞受賞予想は…アンソニー・ホプキンス主演の「ファーザー」と予想していますw
「ヒッピー」や「バックパッカー」と同じ様でも似て非なる言葉で、日本にかつて存在したとされる放浪民の「サンカ」とも違う。
ファーンのこのノマドの生活がこれ以降も続くのかも分からない。もしかしたら一生続けるかもしれないし、明日には止めるかもしれない。
でもそれはそれで良いのではなないかと思う。
居場所がある事で心の拠り所とする事もあるだろうけど、居場所が無い事を心の拠り所する選択肢もある。
何かを持つ幸せと何も持たない自由の価値は人それぞれ。
この作品で描かれているのは生き方や思想でもあり、理想でもあり、「過程」でもあるのではないかと思います。
好みが分かれる作品ではありますが、観てみるといろんな事を「感じさせる」「考えさせてくれる」作品です。
ご興味がありましたら、是非是非です。
おんな寅さん西洋版?
かと思ったら、終劇後どーんと心に波がぶつかって弾けたような錯覚がした。
主演女優の心の動きが、大自然の景観と相まって、人生を生きていくことの寂しさや、辛さまた喜びも感じさせてもらいました。
ノマド=放浪者というそうですが、アメリカの高齢・中流階級には結構キャンパー生活をしながら適当に仕事をみつけながら大自然を感じながら孤高の生活をしている人たちがいる。
アメリカ人のそもそもの開拓者へのあこがれが残っているのかもしれません。
日本より遥かに過酷で広く大きなアメリカ大陸で一人で自動車を生活の場としながら生きてゆく主人公。
なぜ彼女をそうさせたのがこの物語の一番の主題でした。
人生の終盤に来ている僕にはとても堪えた秀作でした。
傑作であることは確かだが個人差のあるテイスト
今年の賞レースで独走をする今作。やっと観れました!
クロエ・ジャオ監督の前作、『ザ・ライダー』がグサッと深く胸に刺さった映画だったのでかなり期待して観たんだけど…
うーん。ちょっと肩透かしかも。
洗練された撮影と抑制されたセリフ。
確実に心に残る傑作であるのだが、個人的には物足りなさを感じた。この物足りなさは一言でいえばラスト。
前作『ザ・ライダー』はまさに完璧な幕切れで、自然と涙が溢れるような素晴らしいラストだった。それに対し今作はとてもアッサリと幕を閉じる。
「あれっ?これで終わり?」というのがエンドロールが始まった時に思い浮かんだ言葉。
「過不足の美しさ」は好きだし結末を観客に委ねる余韻の深い映画も好きだ。
しかし過不足の美しさ、がある訳では無いし、余韻がとりわけ深い訳でも無い。
ノマドのドキュメンタリー的な立ち位置で、人生の一部を切り出す作品であるので、あの幕切れで正解なのかもしれない。
泣かせりゃいい、という訳でも無い事も分かってる。
その上でもやはり物足りなさは感じてしまった。もう一パンチ最後に喰らいたかったな…
多分、定年を経験した人ならば刺さると思うし、アメリカ文化の知識もそれなりにあった方が理解が深まると思うので、そこは本当に個人差がある。
クロエ・ジャオ監督は何故だか知らないけど、ありふれた普通のことをエモーショナルに感じさせることが出来る人で、淡々としながらも、ラストへ向けての追い込んでいく構造をしている。
「主人公の目的を探すまでの物語」という、「始まりの終わりを描くような作品」と個人的には解釈していて、その上でのあの決してハッピーエンドとは思えない、どこか鬱蒼としたラストからは「誰しも心の喪失があって、今日も必死に生きている」というメッセージを感じた。
それにしてもクロエ・ジャオは素晴らしい才能だ。
色濃い照明では無く、自然光を用いた奥行きのあるリアルな映像。 無駄に色調を整えることもなく壮大な自然の美しさが光る。
そしてドキュメンタリー調な撮影により登場人物に体温を与え、説得力とシリアスさが増す。だからフランシス・マクドーマンドは言うまでもなく素晴らしい演技なのだが、リアルな素人でも演技が上手に見える。素人が無表情で棒立ちしている姿を撮るだけで「演技上手だな!」と思ってしまう撮り方。
そのような編集、撮影、照明などが見事に調和し、魂を揺さぶる。
アカデミー賞作品賞としては正直うーん、という感じだし『Mank』の方がウケそうな気もするけど、監督賞は是非とも獲って貰いたい。
まだ感じ取れていない部分は沢山あるだろうし、安易に評価はしにくい。また今度、じっくり観てみたい作品です。
節約マニアすぎると痛い
今、そこにある未来
人の生き方なんて 百万通り
それ以上限りなくあるさ だから 世の中と自分を
比べたりしなくていいのだろう
僕らの生きてく姿が どんな形であろうと
生きる歓び 誰もが唄えるハズだろう
仲井戸麗市 「R &R Tonight」
観ている間、退屈でした。でも、その後、考えちゃうんです。
私の人生、映画化できるほど、面白いか?。
人の生涯って、特別ではないものです。でもね、私の人生、私だけのものだし、誰かと交換できるわけもない。そう思うと、特別ですよね、一人一人の人生が。
あとね、ファーン姐さんですが、思ったことはズバズバ言う。でも、他者の人格は否定しない。自分に強い信念があるのに、よそ様の信念に同様の敬意を払う。そんな生き方、憧れちゃう。筋金入りの、日和見主義者の私ですけど。
もうこの季節を 僕らは何度も迎えたけど
君への想いの深さや広さを
まだうまく伝えられない
これからも 君と共にいられるように
それは希望に満ちた祈り
僕らを待っている明日は どんな色だろう
僕らは越えて行ける 明日がどんな色でも
僕らの描いた夢が 明日の色になるから
坂本サトル 「明日の色」
ガラクタみたいな日々を過ごす私ですが、私にとって大切なもの、家族にとって大切なもの、荷台に全部詰め込んで、明日もエンジンスタートする気になりました。格好悪くても、進まなきゃね。
追記
新聞の解説です。本作は、未来だそうです。「ブレード ランナー」や「バック トゥ ザ フューチャー」とは違います。理由はどうあれ、家族をなくす、家をなくす、住み慣れた街をなくす。誰もが起こり得る。(ビンと来ない方は「遺体」をご覧下さい。)そんな時、私達は、選択を迫られる。
みんなと同じように定住する。みんなと同じように生活する。それが当たり前と思うこと自体、過去が照らす幻想だと気づかされる。
情報をアップデートし、選択をバージョンアップする重要性は、バソコンより、ヒトにあるようです。
ルドヴィコ・エイナウディの奏でるピアノの響きが印象的なリアルで逞しくどこまでも優しい人間ドラマ
大企業USジプサム社の工場とともに栄えたネバダ州の街エンパイアは工場の閉鎖とともに見捨てられやがて郵便番号も無くなったゴーストタウン。その街で暮らしていたファーンは夫の死後、売れるものを売り払って手に入れたキャンピングカーで全米各地を転々として働く“ノマド“となった。低賃金の季節労働とキャンプ場での不便な生活は過酷だったが、小さな街で暮らしていたファーンは行く先々で眼前に広がる雄大な自然と、そこで出会う人達との触れ合う中でかつての慎ましやかな生活では得られなかったものを見出していく。
本作は登場人物に実際のノマド達が実名で大量に出てくるのでフィクションとノンフィクションが綯交ぜとなった少々風変わりな構成。見ようによっては主演のフランシス・マクドーマンドが取材して回るルポルタージュにも見えてしまいます。ノマド達が語る言葉には熟成された教訓がぎっしり詰まっていて、狭苦しい国土で心に余裕を持つこともなく暮らす我々の人生観をグラグラと揺すぶってきます。
カメラで捉えられた広大な自然の美しさとノマド達の凛とした逞しさが印象的な作品ですが、それらを包み込むように流れるピアノの音色に『最強のふたり』を観た時と同じような深い安堵を感じましたが、演奏はどちらもルドヴィコ・エイナウディ。胸に染み渡るような残響がドラマをしっかりと際立たせているので、音響がしっかりした環境で本作を鑑賞するのが吉だと思います。
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