「こんな人にお勧めです。 ・人生に絶望を感じて全てを放り出したい人。 ・役者の演技力を感じたい人。」ノマドランド tricoさんの映画レビュー(感想・評価)
こんな人にお勧めです。 ・人生に絶望を感じて全てを放り出したい人。 ・役者の演技力を感じたい人。
映画を観ながら、謎かけを出されているような気持ちで観ていました。
ファーンが胸の内に抱える苦悩はなんだろう?
序盤はずっとそのことを探しながら観ていました。
映画は静かにノマドとして生活する人々の姿を描き、彼らが持つ貧しさへの拒否感や人生への後悔、そして社会への不満から、背景にあるアメリカという国の現状とノマドの人々の現実を浮き立たせていきます。
そして淡々とノマドの人々と関わるファーンの日々を描く中で、彼女の亡き夫への思いと社会への拒絶が明らかになっていきます。
彼女の中にあった、おそらく彼女自身が子供の頃から持っていたであろう社会への違和感のような物、そして夫や町の人々を失った喪失感。
その2つは密接に結びついて彼女の自己を形作っていたように思いました。
違和感として感じたのは、彼女自身が社会で暮らす人々と衝突し、また誰かから手を差し伸べられることに対してその多くを拒んでいた部分です。
ホームセンターで同じ故郷に住む女性や、ガソリンスタンドの店主、実の姉や、彼女に好意を寄せるデイブなど。
そこには自身を異質と認め、誰かと交わることで彼らの世界を乱してしまうことへの恐怖を感じているように思い、それが彼女の違和感であり、社会から感じる疎外感のように感じました。
喪失感は、彼女がかつて家族の元を離れ、夫と築き上げた新しい場所での生活、夫を亡くした後もその土地で生きていたものの、その土地自体がなくなってしまった事実。
社会に違和感のある彼女だからこそ、やっと作り上げた居心地の良いコミュニティのような世界を無くした意味は大きく、もう一度、貴賤で人の価値が決まるような社会に戻って生きていくのは難しかったんだと思います。
ハウスレスと言いながらかつての土地の近くで車上生活を続けていた彼女は、この喪失感を抱え、なおかつ疎外感から社会にも入っていけず、動けないノマドのような存在だったのだと思います。
彼女が生活を求めてノマドのコミュニティに参加したのは本意ではないように思いましたが、その後、多くのノマドと接する内にその世界へ傾倒していくのは自然な流れのように感じました。
特にスワンキーとの出会いは大きかったように思います。
不必要な物は持たず、記憶と思い出に向かい合い、生のあるままに心が欲する物を求めてバン一台で放浪する生活。
かつての記憶と向き合いながら、それ以外の物に縛られることの少ない生き方、そして時に自然の中に溶け込み、自身の存在をその中に感じる生き方は、彼女自身の喪失感と違和感を受け入れてくれる生き方のように思いました。
ラスト、冒頭で捨てられなかったレンタルルームの荷物を処分した彼女は、出発点の街と家を訪れ、もう一度旅慣れたバンで走り出します。
かつて失意の中で生活を求めて旅立った場所に戻り、今度は少しだけ気持ちを軽くして、新たにノマドとして旅立っていったように感じました。
彼女の新しい旅が心を癒す平穏の旅であり、多くの仲間と再び巡り合えることを祈りたい気持ちになるラストでした。
映画としては、美しい景色と、感情に直接響く音楽が素晴らしく、ファーンの心情を受け入れる手助けになっていたように感じます。
音楽はルドヴィコ・エイナウディ、『最強のふたり』でピリピリする感情をあらん限りに表現していた方です。
今回も素晴らしい仕上がりでした。
役者としては、フランシス・マクドーマンドがひたすら凄かったです。
ファーンの感情は大きな波や小さな波でひたすら動き続ける謎かけのような感情でしたが、穏やかな口調で芯の強さも感じさせながら全てを丁寧に演じきった感のある演技でした。
『ファーゴ』に続いての視聴でしたが、今作でもアカデミー賞の主演女優賞を取ったそうです。
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