「切実な事情とある種の悟りが、現代の遊牧民を生む」ノマドランド 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
切実な事情とある種の悟りが、現代の遊牧民を生む
フランシス・マクドーマンドが演じるファーンは創作されたキャラクターだが、彼女が流浪の先々で出会う車上生活者たちは本人が自分の名前で出演している。“出演”という言葉も適切ではなく、彼らはただ、カメラの前でありのままの自分で存在し、ファーンとの対話の中で自らの人生や暮らしぶりについて語る。クロエ・ジャオ監督はノンフィクション本をベースに、ドラマとドキュメンタリーを組み合わせたハイブリッドな映像作品を生み出した。
ファーンは夫に先立たれ、リーマンショックの余波で住み慣れた家も町も失い、キャンピングカー暮らしをスタートさせる。Amazonの商品倉庫での仕分けや、オートキャンプ場での雑用など、短期労働で当面の生活費を稼いではまた移動する生活。実在する現代のノマドたちも出発点はたいてい切実な事情だが、家や土地、地縁に縛られない生活は、近代の管理社会で私たちが自明のように受け入れてきたさまざまな束縛からの解放を実践している面もあり、ある種の悟りの境地に達しているようでもある。ファーンに誘われてアメリカ西部の荒野、森、海といった広大な大自然を目にすることで、この地球上にたった一人で立つ感覚を少しだけ取り戻せるはずだ。
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