「スレブレニツァの虐殺を知る」アイダよ、何処へ? redirさんの映画レビュー(感想・評価)
スレブレニツァの虐殺を知る
1995年ボスニアヘルツェゴビナ紛争の中で起きた、小さな街そして国連により安全地帯とされオランダの国連軍が駐留していたにも関わらず悲惨なジェノサイドとなり、ボスニアモスリム、または、ボシュニャク人は無防備のまま殺され街を奪われた、国連軍はなすすべもなくほぼセルビア人武装勢力の言いなりであった。ボシュニャク人という呼称などは観賞後後から背景とともに調べないとわからないことだらけだが、予備知識なくても、セルビアとボスニア側もしくはイスラム教徒の紛争で、紛争というにはあまりに一方的な占領行為で、準備がなかったとはいえあまりに無力な国連軍、あまりに無意味な国連軍の安全地帯指定、ということは、この映画で知ることができる。それを知ることだけでも作品の価値があり1人でも多くの人が見るべき。この紛争はあまりにも日本から遠く馴染みがなく複雑で難解だった、でも、国際組織が、国際社会が、システムが機能していたから、人々の関心、困窮し弾圧抑圧されてるいる人々のことを考えていたか、そのようなことに対する深い後悔、自責を感じる。その中で、教員夫婦、街では有数のインテリ夫婦、その妻の方が学校を離れ国連軍の通訳として働いている。そのアイダに事態の進展とともにさまざまに葛藤が襲いかかり、通訳として役割、妻や母としての役割、一人の人間として女性として当たり前の、関わり苦悩そして行動が描かれる。国連軍のオランダ人た地は確かに本部から見捨てられ軽んじられなすすべもなく規則だけがしめつける、助けたい職務を果たしたい気持ちはあったかもしれないがあまりに無力で無気力で、そこには組織の人間としての振る舞いがあるが人としての思いやりは足りなかった。そして、正規軍とも思えない頭がイカれた軍人が率いるセルビア人兵士による殺戮と占拠。この前は両民族が互いに同じ学校に通い近所付き合いをしていたことも知れるし、紛争後もわだかまりを残しながらもまたそのように暮らしている。背景がわからなくで何をすべきか何を学ぶべきか、私たちはさまざまに歴史を知り学びながら、前進することができない。
アイダは、叫び駆けずり責務を果たし家族や街の人をまもろうとまた叫ぶ、ひとりのなんの権力も持たない個人が常に組織とシステムを上回りそして常に敗北し、それでもまた新たな日常生活、新たな歴史をつくろうと生きていくのだ。