「ラブコメと侮るなかれ」ライアー×ライアー くさんの映画レビュー(感想・評価)
ラブコメと侮るなかれ
誰もが見る話題の超大作というわけではないけれど、後に松村北斗を何かのきっかけで知った人が振返って見た時に、既に素敵な演技をされていたのだと思ってもらえる作品だと思う。漫画原作実写映画ではキャッチーさや話題性を追求するあまり煽情的なシーンやどぎつい台詞にがっかりして映画館を後にした記憶は少なくないが、脚本の徳永さんは原作の設定に説得力を与えて下さり、監督はコメディというよりも感情の機微を丁寧に映し出すことに成功していて、見る前の不安が杞憂であった。そして、自身の内面の情けなさや矜持や面白さを深堀りしては客観的なツッコミを入れられる松村にラブコメが向いていないわけがない。「松村×ラブコメ」は作品としても”成長戦略”としても大正解であったろう。
事前の特報映像では雰囲気のよさや上品さは感じたけれど、不自然に見えなくもなかった透の「デレ」の表情。その、切り取られた宣伝映像で硬く見えた表情が、話を通して意味を持ち、松村は自然に、でもなく演じすぎることもなく、松村北斗を透かして見せてしまうこともなく、透として映像の中にいた。冷たい一瞥、何してんの?と訝し気な顔、気が進まないなら、と探る様な顔、みなからの着信時の視線の動きと安堵の顔、全てから透の心情が的確に伝わってきた。はにかむ透、心情を自ら説明する台詞など一つもない前半、実は塗りこめられた物で本心は役としての透本人にすらわかっておらず、当然明示はされていないけれど、透の言葉や行動に疑問を挟む余地はなかった。
軽い嫉妬を感じる程度には松村の恋情の表現は的確だった。恋のためにエクアドルに行ってしまいそうだったり、人格を変えてまで生涯かけて真情をひた隠しにしようとしたりする人間に真実味があったし、別れたくないと感情を爆発させるシーンではさらに奥に我知らず隠された本心が下敷きにありつつ、表層では真剣にそう思っていることがよく伝わってきた。
人情の機微に泣かされた印象ではあるが、ラブコメを冠する作品である。まさに悲喜こもごもという感じのコメディ部分も上品で素敵だった。間違えば寒くなりそうなビンタ跡を付けた頬やドアの影で立ち聞きする透も、面白くいじらしかった。松村や耶雲監督が語ったように、森七菜さんは“怪物”だった。こちらは心情が丸わかりになる台詞だらけだけれど、説明がましくない。森さんが上手過ぎて、コメディ要素が大げさでない自然な「普通に生活している人の行動」に見えてしまって、逆にくすっと笑えても大笑いにはならない。風呂掃除をしながら、湊がみなへの嫉妬心をうっすら自覚するシーンの説得力は、コメディ要素ではなく筆者には胸に迫るシーンだった。一つ間違えれば主人公の女性ファンから嫌われかねない役をいやらしくなく演じ切った(そうあった)森さんと、そう撮り切った耶雲監督に心から素晴らしいと思った。