劇場公開日 2020年10月16日

  • 予告編を見る

「レビュー」スパイの妻 劇場版 R41さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 レビュー

2025年9月26日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

2020年の作品
黒沢清監督のドラマを映画ようにセルフリメイクしたもので、俳優陣も同じ。
この作品は見る角度によって感想も違ってくる。
歴史とは勝者の歴史であって、勝者の言い分のみが記録される。
これが念頭に出てくることで、この作品の観方が変わってしまうが、そこにどんな理由があれ、戦争となることで人々の思考は矯正される。
聡子の言った「私は一切狂っておりません。ただそれがつまり、この国では私が狂っているということなのです」というセリフにこそ、この作品が言いたかったことが現れている。
人々の思考を狂わせているのが戦争そのものなのだ。
上層部からの命令は絶対で、歯向かえば非国民や売国奴として処罰される。
そして、戦争中もその前にも起きるのが、「情報の操作」だ。
聡子が入院していた精神病院で、野崎医師は「福原優作は、インドのボンベイにいて、ロスに行くための船が日本の潜水艦に撃沈された」と言う情報を持って来るが、同時に「信用できる情報はなにもない」といった。
ここに含ませていたのが「信じること」
聡子は、優作が何をしようと考えているのかを知り、夫を信じることに決めた。
それはゆるぎのないことで、彼女の中の正義となり、生きる指針となった。
「もし、あの戦争を止められたなら」
この仮定は非常に稚拙だが、そこにこそ「夢」がある。
軍靴の音が日に日に強くなる現代 その危機感を肌で感じとる者が、この仮定を大真面目に取り上げる。
それを人々に見せて、過去の過ちと比較させようと努力する。
そして「気づけ」と叫んでいる。
さて、
当時あまり見る気になれなかったこの作品
スパイと聞くと思い浮かぶ稚拙なストーリー
しかしこの物語は、外国人たちと貿易をしていたからこそ、多角的思考を獲得した男の大志が描かれていた。
敵国とか偽情報によって思い込まされていたこの国の現状
その裏にあった人体実験と大量虐殺という士業
「お国のため」と言うキャッチフレーズに騙されなかった優作とフミオ
その目で見たことと許しがたい士業に「正義の大志」を掲げた。
そしてそれに参加した妻聡子
彼女は機転を利かせてしたことは、結果的にフミオの命を救った。
アメリカへの渡航は、逆に優作が機転を利かせた。
精神病院は、格好の隠れ蓑だった。
そうして、やがて終戦を迎えた。
この戦争を終わらせる。
優作の届けた資料がアメリカ軍を動かした訳では無いだろう。
アメリカも決して正義の国ではないし、むしろ日本よりもかけ離れている。
しかし、
優作が大志を掲げて自分の信じる正義に向かうという行為は、いつの時代でも必要なことだろう。
そしてこの「情報」は、今ではネット上に溢れかえっているが、その多くが嘘でもない。
ただ誤情報は多い。
しかし自身の頭で考え、選択することで、何が正しく何が間違っているのかは次第に分かるようになる。
我々は今、正確な情報と偽情報を同時に掴める時代に生きている。
優作やフミオや聡子のように、自分の頭で考え、そして答えを導き出さなければならない。
そうすると、クサカベヒロコが誰によって殺されたのか?
それは決して「たちばな」の主人ではなく、軍によって殺されたのだろう。
聡子は幼馴染タイジの言葉を信じるふりをしていた。
彼の情報に動揺はあっただろうが、最後まで優作を信じた。
だからアメリカに渡航した。
もし彼が亡命に成功していれば、決して二度と日本には戻ってくることはできない。
だから自分がアメリカに行く。
この強い決心と行動が、人生を切り開いていくのだろう。
この作品のタイトルがそもそも引っ掛けている。
軍や政府の意に沿わないものが非国民や売国奴という言葉でレッテルを貼られた時代
優作は、スパイなのだろうか?
そしてその妻もまた、スパイなのだろうか?
この物語は色眼鏡をかけた日本人視聴者に問いかける。
「この作品そのものがミスリードに感じましたか?」と。

R41
PR U-NEXTで本編を観る