「究極の人間物語」スパイの妻 劇場版 andhyphenさんの映画レビュー(感想・評価)
究極の人間物語
「お見事です」
祝・ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞。「スパイの妻」というタイトルから期待させる物語...でもやっぱり黒沢清がつくるとこうなるよね...という印象。
スパイ(スパイじゃないと高橋一生は言い張るが)とか戦争とか、関東軍とかをこの映画は全部背景にしてしまうのである。この話は男女の駆け引きの話であり、しかもそれはひどく楽しくないやつだ。何かにひどく執着する者たちの化かし合い。ただただ、人間のどうしようもない深淵を描くやつだ。
その辺はきっと脚本が濱口竜介と野原位だからなんだろうというのは感じる。黒沢清の弟子が師匠の為に書いた、そしてあの「ハッピーアワー」の脚本陣のうちの2名であるのだから、まあそれはそうなるよね、という。
展開にはらはらする物語ではない。ずっと見ていればああいう展開になると容易に想像はできる。伏線も割とあからさまに張ってある。
だからこそあの蒼井優の、無垢と純真から強かになってまた純真に戻り(ただし最初の純真とは全く質が異なる)、最後透徹したかと思えば慟哭する、こうやって書いてしまうと薄っぺらいが実際見せつけられたときの衝撃というか、じわじわと迫る演技に打ちのめされる。これはまさしく「スパイの妻」の物語なのだ。蒼井優は堂々たるタイトルロールなのだ。
高橋一生の食わせ者っぷりも中々なのだが、食わせ者だと分かってしまう感じなので(勿論わたしは妻じゃないのでそう見てしまう)もうちょっと...もうちょっと何かが欲しかったかなあと思う。巧すぎるという表現が正しいかもしれない。巧み過ぎるのだ。
東出昌大はああいう役が似合う(感情の入りと虚無をどちらも表現できる)。実のところしれっとどんな役も演れるタイプの役者だとずっと思っている...。あんまり賛同されないのだが。
個人的には恒松祐里さん(「散歩する侵略者」に出てましたな)と坂東龍汰さんは少ない出番でものすごく印象に残りました。お二方とも出演作品でいつも強い印象を残されていると思う。
不意に現れる画の切り取り方にどきりとさせられた。ずっと「不穏」が続くのはあの画の効果が大きいと感じる。幸せそうと映る場面ですら不穏。
あと、不覚にもエンドロールを見て「あの人いつ出てた?!」という役者さんが多かった。悔しい。