「変わりゆく世界と変わらない世界」FLEE フリー ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
変わりゆく世界と変わらない世界
実写ではなくアニメーションで表現した所が野心的で、製作サイドは出演者のプライバシーを守るために、敢えて名前と地名を変えてアニメーションで表現することにしたという。
ドキュメンタリー作家は、被写体を傷つけ、加害者になり得ることを、覚悟する必要がある。ドキュメンタリー作家の相田和弘は、かつてそう語った。本作の監督もアミン(仮名)の身バレの危険性を排除するためにアニメーションによる表現を英断したのだろう。
もっとも、この表現方法には功罪あるように思う。というのも、事実を記録した映像ならともかく、再現映像になると、そこに”創作”というフィルターがかかってしまうので、どうしても疑いの目で見てしまいたくなるのだ。これはアニメ、実写に関わらず思う所である。
そもそもの話をしてしまうと、作り手の主観が介在する以上、ドキュメンタリーは本当の意味で真実を写しているとは言えないのかもしれない。いずれにせよ、観客としてそのあたりの判断は慎重に見極めなければならないところだろう。
アニメーションでドキュメンタリーを製作した例は過去にもある。レバノン内戦を描いた「戦場でワルツを」という作品がそうだ。そちらはPTSDにかかった兵士の記憶を探っていく、ある種戦場追体験のような映画だった。戦場シーンが非常にシュールで幻想的で、PTSD患者が見る記憶の断片とはこういうものなのかもしれない…と鑑賞時には驚かされたものである。ドキュメンタリーというジャンルに新たな表現方法がまた一つ加わったという感じがした。
本作も「戦場でワルツ」に通じる表現方法のドキュメンタリー映画である。ただ、演出は基本的にリアリズム主体で、戦争の犠牲となる市井の人々の悲しみと恐怖、苦しみを生々しく表現しており、手法は一緒でも演出は大分異なる。
例えば、アミンたち難民がソ連から亡命しようと密航船で渡航するシーンの緊張感と恐怖と言ったらない。見つかれば当然、連れ戻されて投獄されてしまう。仮に運良く外国に辿り着いたとしても、難民として受け入れてくれる保証もない。そんな生死の狭間に漂う彼らの運命に目が離せなかった。
また、アミンの生い立ちを回想する一方で、本作は現在の彼の私生活についても描いている。こちらはLGBTQをテーマにしているが、より普遍的に捉えるならば、キャリアと結婚の岐路に立たされた人生の選択のドラマというふうに解釈できる。
同性愛に厳しいイスラム社会での不自由な暮らしぶりから考えると、現在のアミンは大変恵まれた状況にある。世界は多様性を認める方向へ確実に変わっているのだ。なのに、いまだに古い因習に縛られ戦争を繰り返している国々がある。アミンの人生の選択は、そんな古い世界に少しだけ明るい希望を灯しているように感じられた。