劇場公開日 2022年6月10日

  • 予告編を見る

「その勇気の重みを読み取る想像力が試される」FLEE フリー ニコさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5その勇気の重みを読み取る想像力が試される

2022年6月11日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

 1979年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻で激増したアフガニスタン難民は、近年でも約260万人(外務省サイト)、あるいは273万人(2020年、UNHCR)にのぼるそうだ。その中のひとりである実在の人物アミンの体験談が、本人の安全のためアニメーションで描かれる。あくまでドキュメンタリーであり、80年代から90年代当時の実写記録映像も多用される。

 この作品は2021年に製作されているが、奇しくも今年ウクライナがロシアの侵攻を受けてから、ウクライナの人々が祖国を追われるさまを、報道の映像で多く見てきた。ニュース番組などで毎日のように接しているうちに、こちらがつらくて耐えられなくなるほどだった。その理由のひとつは、あまりに理不尽な蛮行が実力行使で堂々とまかり通っている、それが見るに耐えないこと。もうひとつは、自分の想像力が彼らの過酷な状況に到底追いつかないことだった。

 そうした映像体験を経て四半世紀以上前の出来事を描いた本作を観ると、結局同じようなことが昔から繰り返されているのだという思いに至る。誰もがスマホのカメラで撮影する時代になったので、生々しい映像が増えた分インパクトの強い出来事のように錯覚するが、悲惨さは変わらないはずだ。アニメという表現方法は個人の特定を防ぐだけでなく、良くも悪くも描写のえぐみを抜くが、私の脳裏にはその部分の想像を補うものとして、報道されたウクライナの人々の姿が浮かんだ。

 政治情勢に翻弄された人たちの過酷な状況をアニメで描いた作品としては、個人的には「トゥルーノース」のインパクトが忘れられない。この作品は生存者の証言を参考に作られているが、監督の信条でエンタメ的展開も組み込まれている。物語に揺さぶられると、作品の本来のメッセージも心に刺さりやすくなる。
 本作はドキュメンタリーなので、そこまで都合よくこちらの感情を揺さぶる展開はない。
 アニメは美しいが実写の生々しさはないし、モノクロのラフ画のような描写が用いられる部分もあるし、彼が本来の目的地と違うデンマークへ亡命してから研究者として身を落ち着けるまでの経緯の描写は省かれている。
 また、彼は自分がゲイであることを打ち明けるくだりは、フィクションだったなら故郷を追われたことと性的嗜好とからくる二重の疎外感に苛まれる分かりやすい描写がありそうなものだが、この点は割とさらっと解決する。
 「FLEE」(〈危険などから〉逃れる、〈安全な場所に〉避難する)という直球のタイトル通り、具体的描写の重点はあくまで逃亡生活の部分に置かれている印象だ。
 アニメによって和らげられた部分、逃走描写以外の背景の細部は、観客の知識と想像力に委ねられている。リテラシーが試される作品のように思えた。

 故郷とはずっといてもいい場所、自分の存在を拒否されない場所。生まれ育った地への思いを封印してそのような考えに至るまでに、どれほどの苦悩があっただろうか。
 監督が幼馴染であり、アニメで容貌が隠されるとはいえ、特定されれば身に危険が及びかねない逃亡の現実を告白する決心へと、どんな思いが彼を突き動かしたのだろうか。
 彼のような人間が作品に「出演」し(声は本人)秘密を告白する勇気の重さこそが、本作の凄みだとも言える。いわば犠牲者とも言える彼にそこまでしなければならないと思わせる、問題の複雑さと根深さを考えさせられた。

ニコ
NOBUさんのコメント
2022年6月12日

今晩は
 精緻で、的確なレビューを拝読させて頂きました。
 ”アニメによって和らげられた部分、逃走描写以外の背景の細部は、観客の知識と想像力に委ねられている。リテラシーが試される作品のように思えた。”全く同感です。又、「トゥルーノース」は私も鑑賞中に想起しました。
 色々な意見があるようですが、今作を制作した監督及びそれを了承した主人公のモデルの方の勇気には、敬服しました。
 何時の日か、様々な不寛容な思想(含む、日本)が少しでも薄れる世界が来れば良いのに、と思った作品でもありました。では。

NOBU