劇場公開日 2021年3月26日

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「題名でネタバレしているような気がするが、そんなことも気にならない一作。」旅立つ息子へ yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0題名でネタバレしているような気がするが、そんなことも気にならない一作。

2021年6月10日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

本作同様、自閉症スペクトラムを扱った作品としては、『レインマン』(1988)などがよく知られていますが、『レインマン』は自閉症に対して強い共感を示した画期的な作品である一方で、そうした特性を持った人々を一種の「特殊能力者」として描いてしまうという、時代的な限界も含まれていました。それに対して、ニル・ベルグマン監督が描く父親と青年の描写は非常に現実的かつ繊細です。それだけに幾つかの描写は、物語上の出来事であるにも関わらず観客側に直接突き刺さってくるような鋭さがあります。青年とその両親の関係についての具体的な説明はほとんどなく、ちょっとした会話や仕草にその断片が示されるのみです。そのため、父親がどのような仕事をしている(していた)のか、妻との関係は、といった疑問もまた、物語の先を知りたいという牽引力となっています。

父親と息子の旅は、ポスターに描かれているような、いかにも爽やかで疾走感のあるロードトリップとは無縁の、悪戦苦闘の連続なのですが、そのギャップを受け容れられるかどうか、とりわけ息子への愛情はあるがちょっと独善的な父親の言動を受け容れられるかどうかで本作の評価は大きく分かれそうです。

邦題やポスターのキャプションで既に結末が分かってしまうような気がするんですが(原題は"Here We Are")、結末において青年の成長を、ごく僅かな仕掛けで鮮やかに見せるベルグマン監督の演出は、最初からじっくりと鑑賞していた観客だからこそ心打たれるものとなっています。このごく短いショットのために物語を紡いできたことが明確に分かる、見事な演出です。

作品そのものやその背景についても丁寧に解説しているパンフレットは読み応えがあります。

yui