旅立つ息子へのレビュー・感想・評価
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父親の心の移ろいが、実にしみじみと味わい深い
どちらかというとスローな映画だ。冒頭から瞬時に観客の心をかっさらう事はない。とりわけ父親は、息子への慈愛に満ちた表情とはまた違い、人との間に少し距離を置く性格のよう。デザイナーとして名を馳せた仕事も、それからプライベートの面でも、何かとこだわりが強く、ついつい意固地になってしまいがちだ。そんないろいろあった彼が息子と共に放浪しながら「いま、ここ」を見つめる数日間。それに合わせて我々も、少しずつ、その内面や過去をうかがい知ることとなる。この一歩一歩が非常に味わい深い。そして自ずと理解できるのは、この人は決して器用ではないものの、それでも懸命に、実直に歩んできた人なのだ、ということ。あの”映画スター”の名前がこれほど胸に響くのも、我々観客と共に築き上げられた関係性の賜物だ。息子からの目線をこれほど凝縮させた言葉は他にないだろう。ラストシーンに交わされる会話がまたいい。しみじみとした余韻が残る。
広い社会を経験することで人間が変わっていく。
見始めるとすぐ、息子、ウリの動き、顔つき、反応に気づくと思う。もっと見ていかないとわからないが、一人では生きていくのに難しいようにも感じられる。父親は息子の面倒のみかたを知っているようで、というか、息子が小さいころからよく面倒をみてきたようだ。息子がカタツムリを怖がるシーンによく出ている。カタツムリを踏まないように、つま先で大股で歩く。なるほど。いい戦法だ。しかし、世間の目は少し、きついようで、電車の中で息子が笑い続けていると、ある乗客は彼らの前の席に座ったが、ウリの様子を観察して、『なんだ?』というような顔つきで、席を動く。こういうシーンって、父親にとってみれば世間の対応は慣れているかもしれないけど、きついねえ。こんなシーンがいくつもあるが、世間の人は声をかけるわけでもない。手伝えないかしれないが、父親は何かしてもらったら助かると思う。例えば、ベエルシェバ駅(Beer Sheva)でだが、息子が投げ出した靴を駅員がプラットフォームに降りて拾ってくれるとか。(映画では省かれているのかも)息子は、感情が全くコントーロールできないから、新しい家である、施設に行きたくないの一点張りで猛烈に駄々をこねる。父親は息子に『約束をしたよ』といったから、施設には連れて行け(か)ない。周りの体裁(日本語でよく、人が見ているよという)を気にしていないようだし、誠心誠意、コミュニケーションしていて、体も使って息子と直球で対面してるんだよね。立派な行為だね。はっきり言って、小さい頃からよく面倒を見ているから対応の仕方を会得できるのかもね。愛情がよく現れているね。しかし、父親も息子とは違う何かを(アスペルガーかも?ごめん、こんな言い方しかできないで。)抱えているね。だって、父親はポーカーフェイスで感情があまり表情に現れていないし、仕事も優秀で(グラフィックデザイナーでニューヨーカーの表紙に作品が載り、イスラエルではSOS Stamps になった。BBDOという広告会社に大学生の時雇われた。)極めるタイプだし、歩み寄りがむずかしそうだし......現在、定職がなく、フリーランスで仕事の量も少ないようだね。息子との生活が優先のようだ。母親は法廷の命令だと言って、現実的な対処をしたがる。息子の将来を考えて、自立の手助けをする施設が適切だと理解している。私はイスラエルの福祉の事情を全く知らないので、父親や息子にどう支援が出ているのだろうと気になっている。
父親は息子を新しい家に連れて行けないし、追っ手(母親。警察。施設の人間かも)が来るから自分の家にも戻れないね。現実逃避の逃避行となる。一時的にも父親は息子を施設に入れる/入れないという現実を離れて、頭を冷やす必要もあると考えたのか、深く考えずにただ逃げて行こうと思ったのか私にはわからないが、ここからが、興味がある。今までの行動範囲が、自宅を中心にあったわけだが、この旅は大海に二人が放り出されたようなものだ。二人はこれによって変わっていく。息子は思春期を迎えたようで異性に興味を持ってくる。父親は絵画にふと心を奪われ、いつものルーチンを失い息子から目が離れてしまう。これによって、父親の自覚も芽生えてくる。この二人は似たもの同士でラクトアイスを一人で食べる父親の憩いの時は、ハイファの海辺で息子も一人でアイスを食べる行動につながって悲惨な結果になってしまう。また、暴力行為で警察に捕まる父親は、施設に入った息子の窓ガラスを破壊する行為につながる。二人の絆は深い。
イスラエルの地図を見ると、自宅のある北(ティベリウスTivon)から南(紅海のアカバ湾の近くのEilat)まで電車やバスで行って、弟の住む(Haifaハイファ・ポートまで夜行バスで北上するという形で旅をしている。
一番好きなシーン:
最後、父親がウリを迎え入れるため、ハンモックなどの準備をして、施設に迎えいく:
息子:Can we go after the workshop?
だって!私は聞き間違えかと思った。今までの息子だったら、すぐ父親に飛びついて家に帰るだろうと思っていたから。After the workshop?息子は父親の保護から飛び立つ?自立の目覚め?この言葉には驚き。ウリが二人の会話をリードしている。ワークショップ(芸術的な作業?)の後に家にかえれる?と聞く。 父親はワークショップの後、家に帰ろう、ここでまってるよ。
息子:この後、夕食があるんだ。
父親:パスタースターズ(小さい星型のパスター息子がいつも食べてる大好物)を作ったよ。
息子:ここに持ってきて!
それから、息子は今日のは普通のパスタだよと。施設では普通のパスタを食べるようだ。この意味は子供用のパスタじゃなく大人のパスタということだ。仲間が、来いよと息子を呼ぶ。ここで父が当惑しているのがよくわかる。息子が成長したのを喜んでいるような、え!!何を言ってるのと戸惑っているような顔をする。
父親:家に帰るね、ワークショップをして、パスタを食べたらいいよ。You Stay。
ワークショップに行くよとウリ。
父親はちょっと泣きそうな顔をしてGood bye, ウリと。そして、父親の表情は今度は「逞しくなったなあ」と変化。ウリの背中を見てる。ウリはいつものように壁に描いたブザーのボタンを押して中に入っていく。
子離れ
見てからだいぶ時間が経ってしまったのであまり覚えてない、、と思ったけど割と印象に残ってるかも。
母親?は息子の障害に理解がなく、父親が息子に寄り添っている。父親が子離れできていない感じだった。
暖かく見守っていて、いざ父親を離れてヘルパーとか施設の友達とかと行動してるとき、父親はソワソワ。息子は意外と楽しくやっていけてる。
ラストも一緒にご飯食べよう、と息子を誘ったけど息子は友達と勉強会?へ。父親から嬉しい半面悲しい(逆?)という気持ちがヒシヒシと伝わってきた。
親からしたら子供は誰でも可愛いんだろうなぁ。でももし自分が同じ立場になったら、こんな父親みたいになれるかは不安。
一言「親離れ、子離れは難しい」。
自閉症スペクトラムの息子を、施設に入れたくない父親が。
2人で逃避行という、ロードムービー。
ずっと2人で暮らしてきた親子。
「俺は息子のために、最善の選択をしてきたんだ」と自負する父。
だけど時々、「同世代の一緒に過ごした方がいいんでは?」と思わせる描写。
父親はどう決断するのか。
その時が終盤いきなり起こってからの、ラストが切なかった。
私は親にはならなかったけど、この父親の気持ちはわかったなあ。
でもいつかは親の方が、先にいなくなるんだよね。
冒頭から息子か時々、チャップリンの「キッド」を見ているシーンがあって。
途中なるほどね、という小物遣いもありました(知らなくても大丈夫)。
⭐️今日のマーカーワード⭐️
「あなたには、わかるのね」
ありきたりではありますが
子離れ
なるほど、イタリア合作。
なるほど、イタリア合作。
旅路のペーソスはそこから来てましたかー。
夜勤明けで映画館へ滑り込み、上映開始 ―
眠くなるかと思いきや 中盤からは前の座席の背もたれにガッツリしがみついて鑑賞。
半ば中腰になって(ほとんど立ち上がって)僕はエンディングを見ていました。
まさかのエンディング。
パパと一緒に、僕も言葉を失ってましたよ。
「どうかどうか“最悪の事態”になりませんように」と、祈っていたので。
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父親と母親と、アハロンの弟の演技がとてもいい。家族の七転八倒をちゃんとすくい取ってくれている。
家族ならではの苦悩に寄り添う映画だ。
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若い頃、特別養護老人ホームで介護職をしていたんです。
「ここは現代の姥捨山なのか」と自問自答もしながら。
だって、お年寄りの半分は面会も一切ありませんでしたからね・・
でもあと半分は、しげく家族が遊びに来ていました。
認知症の夫や妻、親や祖父母を、とうとうどうにもならなくなって、泣く泣く手放し、でも「おお、施設の利用も有りだったのだ!」とわかった家族たちです。
ホームで働く絶大な意義を感じました。
うちのおばあちゃんがそうだったので。
自閉症の子の家庭教師も経験ありです。
専門家があなたを助けます。
相談して下さい。助けを求めて下さい。
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【 שָׁלוֹםシャローム 】
こんにちは、さようなら、あなたに平和がありますように。
ヘブライ語はちょっと勉強したので、そこも嬉しい映画でした。
題名でネタバレしているような気がするが、そんなことも気にならない一作。
本作同様、自閉症スペクトラムを扱った作品としては、『レインマン』(1988)などがよく知られていますが、『レインマン』は自閉症に対して強い共感を示した画期的な作品である一方で、そうした特性を持った人々を一種の「特殊能力者」として描いてしまうという、時代的な限界も含まれていました。それに対して、ニル・ベルグマン監督が描く父親と青年の描写は非常に現実的かつ繊細です。それだけに幾つかの描写は、物語上の出来事であるにも関わらず観客側に直接突き刺さってくるような鋭さがあります。青年とその両親の関係についての具体的な説明はほとんどなく、ちょっとした会話や仕草にその断片が示されるのみです。そのため、父親がどのような仕事をしている(していた)のか、妻との関係は、といった疑問もまた、物語の先を知りたいという牽引力となっています。
父親と息子の旅は、ポスターに描かれているような、いかにも爽やかで疾走感のあるロードトリップとは無縁の、悪戦苦闘の連続なのですが、そのギャップを受け容れられるかどうか、とりわけ息子への愛情はあるがちょっと独善的な父親の言動を受け容れられるかどうかで本作の評価は大きく分かれそうです。
邦題やポスターのキャプションで既に結末が分かってしまうような気がするんですが(原題は"Here We Are")、結末において青年の成長を、ごく僅かな仕掛けで鮮やかに見せるベルグマン監督の演出は、最初からじっくりと鑑賞していた観客だからこそ心打たれるものとなっています。このごく短いショットのために物語を紡いできたことが明確に分かる、見事な演出です。
作品そのものやその背景についても丁寧に解説しているパンフレットは読み応えがあります。
わからんでもない
展開が所々でわかりにくいけど、逆に考えることで見えてくる奥行がある
障がい者を主役にした映画は少なくない。これまでいろんな作品をみてきた。パラリンピック関係でたびたび取り上げられる言葉「失ったものを数えるな、残されたものを最大限生かせ。障がい者のチャレンジはときにドラマチックで、その行動は障がいの有無を問わない哲学的示唆に富んでいる。しかし自閉スペクトラム(発達障害)というのは私は初めてだ。その特性から、本人のドラマにはなりえず必然周囲の人の物語になってしまうからか。ともかく、こういう設定でひとつの作品に仕立て上げた手腕はきっと凄いのだと思う。
愛情をもって接しないと彼を理解できないし、彼を彼なりの幸せと向き合わせられない。じっさい大部分においてそれは間違ってはいないけど、感情の痛みやつらさから遠ざけることが最優先でいいのか、と別の言い方で問われるとむずかしい。この映画は、そこを描いていた。
これまで見つけて築いてきた「彼なりの幸せ」が、もしかしたら自分の思い込みかもしれない、とは疑いもせず、最後まで貫いてきた父親が、最後の最後に、ふっと切り替える。大事に大事にしてきた浮かぶ風船を、なにかの念に打たれて自分から空へ放ってしまうように。どんでん返しに近い技で、エンディングにつなげるためなら納得か、の展開に、ちょっとついていけなかった。
あとから幾度となく反芻して、だんだん呑み込めてきた。伏線はあった。私が印象的だったんは、隣の席の男に水を取ってくれと頼まれて、普通にすっと渡すところ。それに父親が感動するシ-ン。ラストはこのシーンの拡張拡大版だったと言える。逃避行の最中で、自分の信じていた世界が壊れていったことも影響している。どう壊れたか、ちょっとわかりにくいが。影響しているな、ということだけはわかる。
息子の生活を護りすぎていた父親の凝り固まった考えが、結局はどうなのか。この父親が、またといないすばらしい父親であるのも確か。奥の深い問題で、それが作品の奥行きになっている。
最初の一歩
自閉症スペクトラムの息子と、彼を施設に入れるか否かで葛藤する家族を描いた物語。
息子を守れるのは自分だけだと言う父親と、本人の為にも施設に入れるべきだと主張する母親。
両方の気持ちを理解できつつも、コレだという正解の見つからない問いかけ。そんな中で、ウリや両親の心の移り変わりがよく描かれた作品である。
脇を固める人物とのサイドストーリーもグッド。
昔の同僚の女性、「ほっとした」の一言、アハロンにはどう響いただろう。。
それも肯定する彼の優しさに胸が締め付けられる。
弟さん、アハロンからすれば複雑かも知れませんが、彼の陰ながら応援する姿・・・あんた漢だよ。。
そして奥さん。人の所為にしたり癇癪をおこしがちなのも、子を真剣に思うからか。それでも、やはりアハロンには勝てないということに歯痒い思いを抱いていたのでしょう。
クライマックスにいくまでが案外アッサリだったので、そこまでの道筋がもっと描かれていたら・・・と思いつつも、ウリだけでなく、送り出す親の成長物語もしっかり堪能できた作品だった。
本当はウリも色々とわかっていたのかな。
アハロンの寂しさはやるせないけど、ボタンはささやかな救い。
自閉症スペクトラムの子も、そうでない子も、同じように親のことはよく見ているんですね。
Here we are が意味するもの
息子を母親から遠ざけ、自分一人で抱え込もうとする父親。
自閉症の息子と逃避行をしていく中で、自分の無力さ、独りよがりを痛感したのではないだろうか。
自分勝手な父親と捉えるか、献身的な父と見えるのか。
障害児をもつ親の「自分がみなければ」「自分しかこの子を理解できない」といった心情がよく描かれていると思いました。
言葉では言い表すことが苦手でも、行動は嘘をつかない。
施設での様子から、息子の変化に気づいてくれて、よかった〜
近すぎると見えなかったものが、2週間という離れた時間で、何かが変わったんだろうなあ。
それにしても、妻をねじ伏せた感じのドヤ顔、個人的にはサイテーな旦那だなと。
しかも、アイス売りを殴る前に、親として子どものやったことを謝るべきでは?
こういうときだけ、障害を免罪符につかうなど、あり得ない。
チョイチョイ、ムカつきポイントがあるけと、それが演出ならやられた!ってことでしょうね(笑)
これは父の巣立ちの物語だと思うんだよな。
本作、演者さんたちが素晴らしいです。
特にウリ役の方の演技がすごいです。僕は、役者の方ではなく、同症状の方をキャスティングしたのか?と思ったくらいです。この演技あってこその本作かな?って思いました。ほんと素晴らしかったです。
さて、心に染み入る作品でしたね。
みんな一生懸命に親を兄弟を子を思ってるんですよね。歩調や、タイミングや、強さや、やり方が異なるだけ。目的は一緒なのに、もどかしいですね。
愛情あるからこそ、真剣にぷつかっちゃう。
そんな衝突の中ガンガンと突き進んできた父親の「巣立ち」の物語かな?って思いました。
子離れってこととは、微妙に違うかな?って思います。やってることは息子への干渉に見えますよねー。他者に渡したり任せたりするのは信頼できない。自分が最高のサポートをするんだ、、、と。
※以下、ネタバレしてるかもしれませんから、ご注意くださいませ※
父はなぜ仕事を辞めてまで献身的に介護していたのかなー?と疑問に思いました。あくまで僕の推測ですが、
父は息子に凄い負い目を感じてるんじゃないか?と思うのです。愛情以上の負い目を。
電車の向かい側に座った男性の行動に対する眼差しは、世の中の偏見に対する憎しみにも似てます。それは、自身も偏見があるからこそ、他者が同じこと考えていると思っちゃうのではないでしょうかね?
彼はウリのためといっていますが、自身の負い目を払拭したかったのでは?なんて思います。
だからこそ、病があっても何ら周りに迷惑をかけることがないようサポート、介護し不自由を取り除きたいう意識が強かったのではないでしょうか?また、父は一線級のクリエイター、芸術家肌です。息子のサポートも彼にとっては自身の作品のごとく、多くのこだわりの結果であり、故に他者の意見について排斥していたのでは?なんて思います。
ニッチもサッチもいかなくなり遂には逃げてしまう。締め切り間に合わず現実逃避しいなくなる漫画家みたいじゃないですか?
後半の父の感情の爆発=全然気持ちの整理ができてないってこととヒステリーですよね、追い込まれてしまって。
もちろを。ウリへの愛情はあります。ありすぎるくらいに、しかし父にとってウリの生活と言う作品はまだまだ未完成だったのではないでしょうか?
そんな父をウリは感じてたんじゃないかな?だから、尊重してきたんじゃないかな?そんな父に、もう僕は充分完成してるよ。父が120%もとめてるところ、80%でも大丈夫だからと、そっと父の肩をポンポンして背中を押す、そんなラストシーンだったのではないかな?って思います。
もう、充分だよ、負い目なんて感じなくていいんだよ、と父の呪縛を解き放ってあげた、他者を知った成長したウリの姿だったのでは?
そんなとこまて考えるウリは父が大大大好きなんだろなー。
父の巣立ちの物語じゃないかな?
こんな背後の厚みを作ったんじゃないかなー?
旅立つ息子へ、って邦題でいいのかな?なんて、勝手に思ってます。
良作です。
子離れ
偏屈な父親が、自分の信念を曲げずにいたため、子離れ出来ずにいた話、ある意味、父親自身、共依存があるのかなとも思えた。父親の息子ウリに対する過剰な行動はうざかったからだ。
自閉症の息子役の演技が上手くてびっくりした。
こだわりと、音への過敏性、でも、自分の好きな音楽は大音量なのね😩そして歩き方。
電車の乗り換えシーンで、ダダをこねてへたり込み、靴を投げて興奮し泣き出した演技、施設入所後何週間かぶりで父親会った時、身を委ねて仔犬の様に頭をこすりつけ、父に対しての絶対的な信頼を持っていると現した場面。さまざまな親子の情を現していたし、
最後、父がウリにサヨナラを言ったシーンは、お互いの成長を現していたと思う。
外国映画を見る時の私の楽しみは、ストーリーだけでなく、その町の風景・雰囲気、室内の様子は勿論、食べ物などが見られる事だ。
弟夫婦と食事するシーンでは、奥さんが魚の姿焼きを食べようとしていたのが印象に残った。海の美しさ、イスラエルと聞けば、当然あるような、軍服姿や、超正統派が出てこない‥しかも、現金よりもキャッシュレス、葬儀の雰囲気、バス内の様子。そんな様子が見られて、旅に行けない今、思いを馳せながら見られた。
星形パスタとチャップリン
「レインマン」「アイアム・サム」等、名作多しジャンルに素晴らしき親子が誕生した
…田舎町でのんびり暮らす元超一流のデザイナーの父アハロンと自閉症スペクトラムで体は大人でも心は子供の息子ウリ
切羽詰まった2人の逃避行なのだが時に微笑ましくユーモア満載な珍道中に心が和んだ
かけがえのない存在のウリとのいずれ訪れるであろう子離れが中々出来ないアハロン
やがてウリ自らが父からの卒業の「ボタン」のスイッチを押す…
それを見届けるアハロンの表情と佇まいが感動的でした
近代的なビルに穏やかな港と柔らかな日差し溢れるビーチ…
知らなかったイスラエルの風景ににも魅了されました
チャップリンが大好きなウリ役ノアム・インベルの目を見張る素晴らしき演技に頭が下がった👏
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