「立ちはだかっていたのは、ガラスの天井ではなく人馬の壁だった。」ライド・ライク・ア・ガール yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
立ちはだかっていたのは、ガラスの天井ではなく人馬の壁だった。
これまで競馬場に一度も足を運んだことはなく、乗馬といえばゲーム『レッド・デッド・リデンプション2』で荒野を駆け回った経験しかない観客による感想です。
本作の主人公、ミシェル・ペインが目指すメルボルン・カップは、競馬大国であるオーストラリアの中でも最も規模の大きな大会で、レース自体が国を挙げてのお祭りだそうです。ミシェル始めとした女性たちが豪奢だけど古風なドレスを身に纏うなど、祝祭空間としてのメルボルン・カップの雰囲気は本作からも十分に伝わってきます。
様々な撮影機材を駆使したレースシーンは大迫力の一言で、クライマックスは『フォードvsフェラーリ』(2019)に匹敵する興奮を覚えました。事前には本作に臨場感や迫力を期待していなかったので、これは全く予想外。しかもこれだけ多数の馬が疾走している中を縫うように撮影しつつ、人も動物も傷つけないように最大限の注意を払うとは、撮影クルーが一体どれだけの努力をしたのか想像もできません。そしてその努力は十二分に報われています。時々映像の画質が大きく変わるのですが、これはライブカメラ的な効果を狙ったものなのか、それとも実際の映像を使用したのか、ちょっと分かりませんでした(実際のレース映像も登場しますが、競走馬に合わせてレールを高速移動するカメラとか、オリンピック並みの装備で感心しました。さすがオーストラリア最大のレース)。
ミシェルは騎手一家の末っ子として、数々の困難にもめげずひたすらメルボルン・カップを目指しますが、そこで大きく立ちはだかるのは、男性優位社会の壁。ミシェルが同僚や馬主の男性達にどのような目に遭わされてきたのかは幾つかの場面で描かれますが、本当に陰湿。女性騎手として初めての栄冠という偉業を達成した彼女には称賛の念しかありません。
レイチェル・グリフィス監督はこれが初監督作品とはいえ、非常に堅実な演出です。メッセージの押しつけになりそうなギリギリのところで、脇を固める俳優達の達者な演技を挿入することで、画面の緊張感を和らげる配慮はさすが。特に『オーメン』のダミアンがすっかり良いお父さんとなって(いつの話だ)、生真面目な顔で本気とも冗談ともつかないような台詞をしゃべるところが素晴らしい!