劇場公開日 2021年5月21日

「サユリストのための映画」いのちの停車場 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0サユリストのための映画

2022年6月4日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

吉永小百合が映画出演122本目にして初の医師役を務めた話題作が公開されたのは、ほぼ1年前でしたが、ちょうど3回目の緊急事態宣言の最中で、映画館に行くのをつい躊躇していて観そびれていたものを、漸く1年越しにWOWOWで観賞しました。

とにかく、良くも悪くも今や唯一の国民的俳優・吉永小百合の、吉永小百合による、吉永小百合のための映画です。その存在感は際立っており、彼女が画面に現れるだけでストーリーに関係なく映像全体にオーラが迸り、映像に緊張感が漲ります。将に“スター”の貫禄です。
制作時には75歳を超える女優が、松坂桃李、広瀬すずという旬の人気若手役者を脇に率いて堂々と主役を張るという事実に驚かされます。普通なら老婆の脇役が然るべきなのに、その年齢感のない風貌には風格が漂い、年齢を超越した真の美しさが滲み出ています。而も興行収入も11.2億円を上げて、常に着実にヒットさせていることこそ国民的女優の証しだと思います。

先ず冒頭の、吉永小百合扮する辣腕医師・白石咲和子が遭遇する事件シーンの、緊迫感と間断ないカット割りのテンポの良さに、いきなりぐいと惹き付けられます。ただこの冒頭シーンは、本作の本来の物語である在宅医療診療しかも終末医療を主に扱うことへの伏線導入部のため、舞台が金沢に移った後は長カットでゆったりとしたテンポとなり、落ち着いて観られるようになります。
ただ手持ちカメラによるカットが異常に多く、画面が常に微妙に揺れていて、観ている方は船酔い気分になってしまいます。ストーリーが平板ゆえに画面に変化をもたらそうとしたのかもしれませんが、寧ろ落ち着かない印象です。

吉永小百合がキャリア医師役に扮するというユニークさはあるものの、そのエリート医師ぶりは冒頭だけで、金沢ではその反動でいつもながらの常識的模範的善人に徹し、而も深刻で重いテーマにも関わらず、寧ろそれゆえに幾つかの”死“を、穏やかに且つ厳かに描き出します。患者の命を救うことから、患者の意思を尊重するという大きなパラダイム・シフトで、真正面から捉えると重篤な社会的課題ともいえます。

ストーリーが非常にオーソドックに展開するのは、捻りを加えるには、登場人物に悪人がいないせいでしょう。波瀾もなく、カタストロフィも訪れない、従い観客はカタルシスを得られませんが、私のようなサユリストは落ち着いて安心してスクリーンに入り込めました。

keithKH