銃 2020のレビュー・感想・評価
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前作との繋がりは?
前作の村上虹郎の銃にトースト女として登場していた日南響子が主演で、前作のトースト女が同じように銃を拾ったという設定なのか、全くの別物で、銃を拾った子が女性だったらという設定での話なのか?原作者の中村文則が脚本なんだから、こんな話もいかが?てことなのか?
ただ、加藤昌也のストーカーと佐藤浩市との関わりが今ひとつよくわからないし、おおやとの関わりももっとはっきりわかると良かったかな。佐藤浩市と殺された刑事の関わりもよくわからないし。
東子の母親は自分勝手で観ていて腹だだしかった。あんな幼少期を過ごしたら歪むよな。勝手に娘の部屋で自殺はするし👎
時間の無駄
初めに銃を見つけたビルとか、絶対近寄りたくないくらい薄汚い。普段ここに人が集まっているとは思えない。
登場人物がみんな気持ち悪い。
I Love TokyoのTシャツ着て自転車乗ってる男はなんなの?
えっ、このストーカー加藤雅也!?
何で蹴られてんの??
佐藤浩一も何で出てるんだろう。
全てが全然期待と違う。わけがわからない。。。
【”暗闇の中でギラリと光る銀の銃・・”虚無的に生きる女が、銃を拾い運命が狂っていく・・。】
ー 村上虹郎主演の「銃」は、映画館で鑑賞していた。面白かった。村上演じる主人公には、”トースト女”と言う裸身が蠱惑的魅力を放つ女性がいた。今作主演の、日南響子さんである・・。ー
◆幼き頃から、狂気の母(友近:狂気性溢れる演技が凄い・・)に存在を否定され、虚無的に生きる東子(日南響子)。
ある日、ストーカー(加藤達也:ラストまで、不気味である・・。)から逃れるために入ったビルの血だらけの洗面所で、銀色の銃を拾い、隠し持って自宅へ・・。
拳銃の持ち主を知るという怪しげな男(佐藤浩市)、執拗に付きまとう刑事(吹越満)も絡んで来て、東子の表情は、徐々に狂気性を帯びていく・・。
<母から、幼い頃から、言葉の虐待を受け、無関心な父親(山中崇)にも絶望し、日々虚無的に生きる東子。
そんな状況の女性がもし、”銃”を拾ったら・・。
村上虹郎主演の「銃」と見比べるのも、乙です。
そして、トースト女は、今作でもパン屋に足を運んでいる・・。
村上虹郎もチラッと、リリーフランキーもチラッと出演しています。>
観ている途中はそこそこおもしろいが、最後は「なんじゃこりゃ?」とな...
観ている途中はそこそこおもしろいが、最後は「なんじゃこりゃ?」となってしまった。
主人公はなぜ死体をわざわざ撃ったのだろう。
そして佐藤浩市を撃ったのもよく分からない。
よくわからなかった
幼少期から虐待を受け、両親は離婚。施設に預けられ育つも、心に深い闇を抱えた状態で生きている主人公。学生時代に、性的暴行にあったのではないかと思しき描写もあったが、これが母親からの「やらしい女だ」という言葉のせいで、男の人の視線を性的搾取としか受け取れなくなった心傷の可能性もあると捉えた。最後のシーンで佐藤浩市を撃ったのは、「守ってやる」という言葉への反抗の意味があると思う。男を嫌っているから、汚いものに守られることへの恐怖心のようなものだと考えた。
結果的に、何を伝えたいのかよくわからなかった。
この作品に高評価を付ける人はたぶん内容なんて見ていなくて、全体の雰囲気や役者のみで評価してしまっている。
友近の演技が良かったなんて感想を持ってしまう時点で、感性が乏しいのだと思う。ただ、主演の日南響子の演技は間違いなく素晴らしかった。
迫力のあるアクションがあるわけでも強いメッセージ性を持つわけでもなく、監督が日南響子や佐藤浩市などを使って自慰しているだけでした。
1番の長所はエンドロールが短いこと
2020年映画館鑑賞105作品目
前作はラスト以外はモノクロだが今作は最初から最後までカラー
今回は日南響子が主役で村上虹郎はチョイ役
リリーフランキーも出番は少ないが刑事役として登場
佐藤浩市や吹越満や友近は役にピッタリ
だけど変態歯科医役の加藤雅也はいかがなものかと
大家さんはずいぶん迫力に欠ける極道である
その大家さんが隣人に殺され運ばれるわけだがあれでは多くの人に目撃されてしまう
女の力ではバラバラに解体しないと運ぶのに苦労だ
ハウスの畑に埋めたが板橋区で良かった
墨田区だとそうはいかない
変態といえば自転車に乗ったおっさんがなぜかカープの帽子を被っていた
巨人の帽子なら良かったのにと思うネット民は多いだろう
『朝日が来る』も『ミッドナイトスワン』も広島に関連している
偶然だろうか
日南がとても卑猥である
死体に一発しか撃っていないヘタレ
しかし何故か急にヤクザの背中に発砲
だけども殺さなかった
すぐに出られそう
映画としては前作の方がいい
モノクロのような変化球で卑怯だが勝ちは勝ち
はっきりいって東映Vシネマに毛が生えた程度の作品だ
でも加藤雅也が若い女性に尻を蹴られる場面を観たら3点はあげたい
ドアがあるなら開けてもいい。でもどれだけ開けるかは考えた方がいい。
ある日偶然手にした拳銃。
銃をもつと、それにふさわしい人になろうと自分を律するのか。それとも、その妖気に惑わされて自分を失っていくのか。
しかし謎が多い。最後、リリー・フランキーがちょっと出る。あ、これは前作とどこかで同時進行しているだと確信した。クレジットで気付いたが、うかつながら、どこかで村上虹郎が出てたみたい。しかもヒロインは前作のトースト女ではないか。なにか、もったいない気分。ヒロインと佐藤浩市は当然、加藤雅也だってあのままの訳はない。伏線をばらまいているってことじゃないか。これはまだまだ続く。
ひょっとしたら
101本目。
ひょっとしたら客俺1人かと思ったら、おじいちゃんが。
それでも2人か。
ま、そうだろ。
タイトルからして前作あるのか?
そのせいなのか、良く分からないけど裏設定あり過ぎじゃない?
よく分からない。
でもそこまで期待して観た作品じゃいから、しゃーない。
でも佐藤浩市が出てるから、箔がついてる感じがしないでもない。
友近さんの壊れた役柄に感嘆!
私も精神的にぎりぎりってとこで頭がマジで痒くなって、イライラ掻きむしる癖がある。友近さん頭を掻きむしりながら、破滅まなこで、あのせっつくようなセリフの吐き出し方が観てて痛すぎた。凄い女優さん。
日南響子好きは観ないわけにはいかんだろう
2018年の『銃』と同様に銃を所持することによる狂気を描いた。
前作で主人公・村上虹郎と関係を持ったスレンダーな美女・日南響子が今作の主役。そして、虹郎と彼を追う実にいやらしい刑事を演じたリリー・フランキーも一瞬登場するが、ストーリーのつながりはなく、二つの物語が並行して進んでいる感を出すのみ。
友近演じるクソみたいな母親に邪魔もの扱いされて育った女が偶然銃を手にした。彼女は銃を撃ちたいと思った。人を撃ちたいと思った。
脚本は原作の作者である中村文則。何か足りないと思ったのは私だけだろうか?
それにしても日南響子さんが魅力的だった。彼女を観るだけで十分満足できた。
狙いが分からない
シュールで倒錯した世界観を表現したいのだとは思うが、それにしてもしっかりとした筋は必要だろうに、この作品はそれが全く見えない。
肝心要の幼児期のネグレクト体験がなぜ拳銃を愛でることに繋がるのかというストーリーがすっぽりと欠落している。
吉本が絡んでいるので、コミカルな要素も入っているけど、それも中途半端。
ストーカー富田(加藤雅也)の変態っぷりを表しているであろう虫歯の指摘のくだりももっと端的な形で良かったのでは?
なによりも、全編通して映像が暗過ぎて一つ一つのシーンが分かりにくいのがダメ。
冒頭に登場したのが加藤雅也だと分からなかった。
演出上とはいえ、主人公のセリフもボソボソと何を言っているのか聞き取り難いのもマイナス。
松竹の大物プロデューサーだった奥山和由の名前で実力派俳優を多く集めたのはいいが活かしきれていない。
個人的には、好きな俳優さんである吹越満の出番をもう少し多くして欲しかったかな。
見どころは日南響子のエロいカラダだけ(ヌードは無し)。
この人も色々あったようなので、どうしても色眼鏡で見てしまう。
MMZ-01の方が似合います。
男に追われて入った雑居ビルのトイレで偶然拳銃をみつけて拾い持ち帰った女の話で、2018:年版「銃」の主人公別ver.
持ち帰った銃には残弾4発、妖艶で危うい存在感に魅了されていく…。
「不機嫌そうな拳銃」と言って、どんな人物が所有していたのかが気になり探ったり、話しかけたり、魅かれてはいるけれど、盲目的な感じはなく、銃を使う言い訳を探している様にも感じる。
死体を撃ち、欲望は膨らんでいくけれど、そこに特化せず、良くわからないながらストーリーに則って撃つ感じだし。
これはこれで悪くはないけれど、最後は案外普通の話。
2018年版とは男脳と女脳の違いかな。
ゴミは捨てるもの、拾うものではありません。
冒頭、“東子”というネオンサインがやけに目立つ。じゃ、”トースト女”がスナックのママでもやってるのかな?などと思っていたら、とんでもない女(の子)だった。ラブホ街で男に声をかけられ、「3万円」「3万5千円」などと、わけのわからぬ交渉をしながらとっとと逃げる東子。「こういう商売よ」とか言ってたけど、逃げるのが商売か??
銃を拾ったはいいけど、ゴミ屋敷のようなアパートの一室。ロウソクとかの雰囲気はいいけど、ゴミ袋は捨てようよ。まぁ、雑居ビルの雰囲気も汚いし、ただでさえ「夜の街」と嫌われてるんだから、知事に怒られちゃうよ。
東子中心のストーリーとなっていて、前作『銃』とはまったく関係がないのですが、やはり歪んだ家族の絆というテーマが感じられる。ただ、友近がぎゃーぎゃー騒いでいるほど虐待もなさそうだし、ちょっとした思い込みがあったのだろうか。どこか妄想めいたものが東子の中にあり、銃を撃たなければならないという強迫性障害さえ感じられる。また、銃はやっぱり男根のメタファーであり、東子にとってもエロい体を増長させるモノだったのかもしれません。
残念なのは、簡単に撃ってしまったこと。友近の演技は鬼気迫る台詞の割には棒読みっぽかったところだろうか。歯科医のメタファーがイマイチわからなかったのですが、虫歯C1といったことが東子の心の闇を表していたのかもしれません(かなりこじつけ)。
感情を揺さぶられない映画を観るのは時間の無駄
村上虹郎が主演した前作「銃」に比べると、世界観の矮小化は否めない。加えて、銃を持っていることによる主人公の心の揺れはあまり描かれず、幼少期からの不幸やトラウマばかりが描かれる。これでは銃を拾ったことがテーマになりえず、タイトルがおかしいということになる。佐藤浩市や友近、加藤雅也が振り切った演技をしていただけに、なんとも主人公の描かれ方が残念である。
子供の頃から人格や尊厳が蹂躙され続けると、無自覚に他人の人格や尊厳も蹂躙するようになる。暴力を受けて育った子供が暴力を振るう人間になるのと同じである。主人公はまさにそういう人間だが、銃を拾ったことがエポックメイキングな出来事になるためには、主人公のどこかにまともな部分がなければならない。
しかしそういう部分は描かれることなく、立ちんぼで客を騙して1ミリも罪悪感を覚えない人格破綻だけが描かれる。人格破綻者には感情移入できないから、観客からすれば銃を拾ったクズ女のストーリーを観せられることになってしまった。主演した日南響子が気の毒になるような作品だ。
施設で育っても、優しい人に出会う期間があれば、その頃の思い出を心の灯にして生きていける。銃を拾ったことでその灯を消してしまうことになるとすれば、主人公の心の揺れは大きく、観客も感情移入できるかもしれない。また、そういう主人公であれば、佐藤浩市や友近の演技も生きてくるだろう。
前作と殆ど同じスタッフなのに、出来が悪すぎる。観ていて楽しくなかったし、悲しいとも辛いとも面白いとも思わなかった。感情を揺さぶられない映画を観るのは時間の無駄である。村上虹郎と日南響子で演技力の差がそれほどあるとは思えず、もしかしたら前作にあった主人公のモノローグが、観客を感情移入させていたのかもしれない。思考実験的な意欲作であった前作のイメージがあったので楽しみにしていたのだが、残念だった。
期待していたが、、
プルデューサー奥山和由、監督 武正晴ときてなんとなく雰囲気は予感して期待感あったけど。
狂った人間ばかりを登場させてるのも予感通りでしたが。主人公の背景と、銃を拾った高揚感が端折られた感あったかなぁ。もう少し盛り上がってく展開ほしかった。主演の日南響子はスタイルよくて、色っぽさあってよかった。
いいと思う。
前作のドキドキ感が忘れられず。女性が銃を拾った場合は…セクシーだったし、生い立ちのどうしようもなさが、その後の人生を左右する?だけど、乗り越えられる人もいる?とメッセージを受け取りました。銃は生き物で、撃ちたい人を撃つのですね。皆さんの評価が低いけど、私は嫌じゃない、変態のくだりも笑えたし。
歯科医に恨みでもあんのか?
暗いし、不潔だし、金無いし、底辺感マンマン。幼少期の体験がトラウマになり、結構なとこ精神逝っちゃってる女の子が銃を拾った事から始まる、精神崩壊劇。って言う程でも無い、中途半端な吉本興業劇。
そもそも。佐藤浩市、加藤雅也、吹越満の三人を使い切ってない感が半端ない。日南響子の「カラダのエロさ」も、さして響かず。
Vシネマとか言うやつだよね、これって。と思いながら退散して来ました。
ラストが吉本だった。
笑ったw
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