過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道のレビュー・感想・評価
全11件を表示
朴訥とした衒いのないイメージ
「アレ、ブレ、ボケ」で知られる写真家、森山大道のドキュメンタリー。「アレ、ブレ、ボケ」で知られる写真家は?っていうフォトマスター検定の問題にも出ていたので、相当有名な写真家なんだとそのとき気付いた。 モノクロのいわゆるきれいな写真というのではなくて、ザラついた匂いのする写真で印象的。どんな写真家なのかなという興味で観てみたら、森山大道の言葉と、街歩きながらのスナップ撮影、展示会を企画するスタッフのパリ展示会への過程を追いながら展開するドキュメンタルタッチの映像。 森山大道のスタイルは街を歩き、スナップを撮りまくっているイメージがした。ヘビースモーカーっぽいが、長寿であるのはあれだけ歩いているからだと思う。 コンパクトカメラで右手のストラップにぶら下げて、歩いては撮り、撮っては歩き、片手でもサクッと撮る。スナップにはフットワーク重視で軽いコンパクトカメラがいいなと思った次第。本人はいたって素朴で、衒いがなく語る。朴訥と、ただ、事象を観てるひと。衒いなく、ありのままを見る目をもっているのではないかと思った。
ユニークでもあり商業的な成功者でもあり
ということを痛感した映画。 ふらふら、と歩き回り、匂いをかぎ、バシャ、バシャと写真を撮る、嘘っぽくない大道氏の姿が捉えられていてよい。 海外での人気、行列、サイン会。 大道氏にしか見えない世界、被写体、撮れない写真であることは間違い無く尊敬しているし、写真は何度見ても飽きない。 そして周りには良き理解者がたくさんいて、ユニークに自分の道を追求しながらマーケットに乗ることもできそこで成功もしている。それも大道氏の魅力だしユニークさだとおもう。みてよかった。良い映画。 でも、見終わったあとも、やっぱり、森山大道好きと口に出していうのは少し恥ずかしい。中平卓馬好き、は言えるのに。
【”ふらりふらりと街を彷徨い、”路上”のありとあらゆる物を被写体にし、次々と小型カメラでシャッターを切る、飾り気のない男”を描く。造本過程も面白き、ドキュメンタリー作品。】
ー 森山大道と言えば、ギラギラとした眼が印象的な粒子の粗いモノクロの”三沢の犬”が、頭に浮かぶ。その写真から、この方は写真の求道者のような寡黙で、気難しい方だろうと思っていた。ー ◆森山大道のデビュー作『にっぽん劇場写真帖』の復刊PJを描いたドキュメンタリー。 ・齢、80を超えても、小型カメラを手に秋葉原などの歓楽街や路地を彷徨い、興味を惹かれた被写体を次々にカメラに収めて行く姿。 その姿からは、求道者というより、猥雑な現代の大都会の誰も見向きもしないようなモノに対しても興味を持ち、シャッターを切る若々しい感性が感じられる。 ・”共に写真界に殴り込んだ盟友”と自ら口にする、写真家、中平卓馬との思い出を懐かしそうに語る口調は、優しくも寂しげだ。 ・森山は、街で出会った見知らぬ人々から、サインを求められ、”一緒に記念撮影を・・”という申し出にも、一切嫌な顔を見せず飄々と応じる。 彼と握手し、彼の写真に如何に影響を受けたかを、嬉々として語り掛ける人々。 ・フランスで、『にっぽん劇場写真帖』の復刊PJで製本した本を嬉しそうに買い求めるフランス人達の長蛇の列。 そして、フランスでもサインや記念撮影に快く応じる姿。 ・今作では、PJの進行とともに、造本過程(北海道で、原木を切り出すシーンから始まる。)も描かれるが、ここも実に面白い。造本家という職業があったとは・・。 ・ニエプスの写真を、ベッドの横の壁に貼っている、森山大道。 成程、それでフランスから、復刊を販売か・・。 <プラクティカルな写真家、森山大道。その姿は、人間が暮らす何気ない風景や、人間そのものをさり気なく被写体にする、心優しき器の多くな男であった。 造本過程も、(特に、生産技術。)面白きドキュメンタリー作品。> <2021年7月3日 刈谷日劇にて鑑賞>
愛のある仕事
アートに造詣が深い方には有名なカメラマンなのでしょうが、 わたくし全く知らないまま、 予告編で、心ザワザワと惹かれてしまい足を運びました。 なんだろう、すごくすごく心に響きました。 森山大道さんはもちろん、 写真集に関わる人たち、この映画を創られている人たち、 ものすごーく愛に溢れていて、 物を創るプロたちの仕事に魅せられて、 感動して泣けてきました。 本当に素晴らしいドキュメンタリーでした。
写真時代
映画ファン向けでは無い 他の人のレビュー通り写真集の販促の面が強い 大画面に映し出される写真 その写真にはやはり何かが 街をぶらつき気ままにシャッターを切る(様に見える) 撮影素材の取捨選択 街と人 撮影者 時代 集約の一葉の力を観る
森山大道さんを知ることができたことは収穫
ちょっとどうしようか?悩んでいた作品です。 知らない方のドキュメンタリーってことでしたしね。 でも世界的に評価されている方には興味があるので 鑑賞。 80歳でも現役。 ファンが居て、バンバン写真集売れて フランスから表彰される。 素晴らしく著名な写真家なんですね。 その方を垣間見れる作品です。 そしてその稀有な才能を世に知らしめる (今回は写真集再編集〜発行)ために 活動する方々の仕事を知ることもできます。 そして、写真の力のすごいこと。 光と影かぁ、、、。 良し悪しはわかりません。芸術性もわかりません。 ただ、森山さんの写真、カッコいいっておもいました。 僕には初見の作品ばかりです。 ほんの一部なんでしょうが、かっこいいなぁって。 森山さんもかっこいいのです。 その一言一言もそうですが、 佇まいというのでしょうか存在が。 ぽつぽつと話す中平さんの思い出話とか、 スナップのために街を歩く姿が。 そこから見えるのは、ブレない写真への思い、情熱。 いや、写真=生活=生きることに なっているかのようです。 写真を特別なものと捉えていないところ、 生き様、人そのものにに惚れてしまいそうです。 潔さみたいなものが作品に出ているのかなぁって 思いました。 ただ、本作は写真集販売促進映画ですよね? ホワイトシネクイントスクリーン出口で写真集販売してる 人がいましたし、出口の向かい側では森山さん作品の プチ展覧会を開催中。 あぁ、そうか、だからこの写真集の製作工程を描くのに 半分以上の時間を費やしていたのか。なるほど。 まぁ、写真集の制作工程がわかりましたし、勉強になりました。 芸術作品の写真集が高い理由がわかりましたしね(笑) 多くの方々の労力と情熱が注がれています。 ただ、そのような作りだったとは・・・観てから後悔しました。 森山大道さんの入門編としては良い映像でしょうが、 本人についての何かを浮き彫りにするドキュメンタリーでは なかったのです。それは残念です。 なぜ、このような作品を作るのか?撮るのか? 中平さんとのエピソード(中平さんの病後など)など 知りたいことがたくさん出てきました。 写真集がたくさん売れてお金ができたら、 どうか森山さんのみを対象にしたドキュメンタリーを 制作していただきたいです。 そうしたら、本作の題名の意味を理解できるかもしれません。 映画作品としては残念な一本でした。
「物語」か「記録」か
写真に関心の薄い自分は、森山大道について何も知らなかった。 公式HPのコメントに「嘘も真実もない。物語も記録もない」(大森寿美男)とあり、この映画を観るまでは、自分もそんな感じがしていた。 色調をはぎ取った、作り物っぽい写真。写真だけ見ても、“異形”な感じしか得られなかったのだ。 ところが映画の中で、現代の東京を写したカラー写真集「東京ブギウギ」を見て、生々しさと同居する“平凡さ”に驚いた。 現代を生きる自分は、そういう光景が当たり前のようにあることを知っている。 転じて、昔の森山の写真を改めて見直してみると、「嘘も真実もない。物語も記録もない」ではなく、「嘘も物語もないが、真実と記録がある」写真ではないかと思えてきた。 眼光鋭い野良犬にしても、当時は場末には普通に居たのかもしれない。 単に自分が、この映画の中で“復刻”ならぬ“再構築”しようとしている、1960年代後半の“にっぽん”を知らないだけなのではないか。 森山の写真の特徴として、 ・粒子が粗い ・ブレ & ピンぼけ と紹介されたと記憶する。しかしそれだけでなく、言うまでも無く、 ・強烈な白黒のコントラスト があるだろう。 映画の中で、森山が現像するシーンが出てくる。 やっぱり、というか、ネガにはちゃんと微妙な白黒の階調が記録されており、撮影時の露光時間だけの問題ではないのだ。 ナンセンスに長い現像時間で、わざと細かい階調をつぶしている。 だから結局、「光と影」しか残らない。 ということは、この映画で“再構築”された写真集は、ネガから起こし直したものではないのだろうか? 少し前に、映画「ロベール・ドアノー 永遠の3秒」を観た。 ドアノーはパリを撮り、森山は東京を撮る。いずれも、写真家が存在しても、違和感なく完全に溶け込める環境である。 ドアノーは“待つ”人だったようだ。同じ場所で写したい物を探す。 しかし、森山は待たない。軽いコンパクトカメラを持って、歩き続け、そして写し続ける。 自分のような素人目には、ドアノーの写真は「物語」であり、森山の写真は「記録」と見える。 だから、なぜ写真が面白いのかと言えば、東京という街が面白いから、ということに尽きるような気がする。 本作は、一方で御年80歳の森山の姿を追いながら、もう一方で「パリ・フォト」という、世界最大の写真フェアに向けた写真集の制作に密着する。自分は、どちらも面白くて、観ていて飽きなかった。 ただし木材の映像は、“50年”という監督の思い入れが強いためか、長すぎる。 BGMは、ちょっとレトロな雰囲気のドラムの音だけを響かせて、観客の心を煽り立ることが多いが、成功していると思う。 描かれるべきことがしっかり描かれている、引き締まったドキュメンタリーであった。
映画にするほどの内容か?
森山大道は素晴らしい写真家だと思う。 ただドキュメンタリーとしては酷い作品でした。 民放テレビ番組ならまだしも映画にするべき内容ではないと感じました。 見たいのは謎に包まれた森山大道の人物像なのだが、丸太がゴロゴロ転がるシーンを何度も見せられたり、明らかに撮られる事を意識しまっくているのがわかる関係者など写真集がごだわってつくられているという印象は全く持てないし、あんなものなら知らない方が良い。 巨匠の撮影する姿とインタビュー、作品だけでもっと手寧につくれなかったのだろうか。 撮影も編集も音楽も全てが安易で薄っぺらい内容です。 以前に≒(ニアイコール)というドキュメンタリーやサンパウロやハワイでのドキュメンタリー映像はどれも良かったが今回のは酷すぎる。
紐解けば刺激が香り立ち
遠い遠い記憶を辿り…広げ覗き込み、甦らせていく作業と、「今日の路上」を確認して歩む時間の交差が、この路の巨人が現役である所以で興味深い。あゝ、きっとこの人とは、街の何処かで時がシンクロしていたのではないか、そう感じられる程に、馴染みのエリアでカメラを構えているのだ。“on the Road”のTシャツを見逃していたのは私だろう。伝説の噂話は先走るものであり、思いの外自由で縛られず、そして優しい素顔が印象的だった。今も我々は見過ごしているだけで、街が刺激的でない時代は無く、喚起も喪失も欲望も常に渦巻いている場所なのだ。帰り路の新宿は、ことのほか訴えかけてくる様だった。そして、明日も彼の視線に捉えられて行くのだろう。
アドレナリンが出まくってクラクラした
これは日本を代表する写真家、森山大道さんをとらえた素晴らしいドキュメンタリー。 菅田将暉くんのイントロから掴みはOK。大道さんを知らない人たちをも引き込むこと必至の素晴らしいコメントだった。 1968年に出版されたデビュー写真集「にっぽん劇場写真帖」を復刻させるプロセスと大道さんのアンソロジーを二本の縦糸として、現在の姿を横糸として織り込むスタイル。充実してます。 逗子の海岸で盟友・中平卓馬さんを語るくだりは感動する。「中平しか見ていなかった」という言葉に落涙。日本の写真界を動かした二人だった。 80歳を過ぎた今もなお街へ出てスナップを撮る大道さん。そのバイタリティーに圧倒される。てか、動くお姿を拝見できるだけでありがたいわけで。 大道さんとの出会いは東京へ出た1978年。神田界隈の本屋を巡るなかで強烈な写真集を手にした。写真の世界を知った。目立った活動をしていなかった時期だったと思うが、その時すでにレジェンドだった。 今作の終着は復刻版の完成とパリ・フォトへの出品。海外での人気ぶりもホント嬉しい。10分で完売なんてね。ファンに対する神対応も驚きだ。 バリから戻り何もなかったように街へ出た大道さん。今日もどこかの街で撮ってるんだろうなぁ。
全11件を表示