劇場公開日 2020年6月6日

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「機知に富んだ会話劇」お名前はアドルフ? 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0機知に富んだ会話劇

2020年7月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

知的

 機知に富んだ会話劇である。誰かが話すたびにその人物に感情移入するので、登場人物の印象がよくなったり悪くなったりして忙しい。そしてそれが楽しい。
 登場人物同士の世界観のぶつかり合いにはじまり、見栄の張り合いから果ては人格攻撃へと次元が堕落していき、最後は暴露合戦になる。とても大人同士と思えない振る舞いだが、言い争いとはそういうものだ。
 その個人の本質を一番よく知っているのは家族である。だから家族による非難は容赦がない。傷つけられた人間は傷つけ返そうとする。それが大学教授でも金持ちの実業家でも関係ない。人間は浅ましくてみっともない存在なのだ。愛しさ余って憎さ百倍。殺人事件の半分以上が親族の間で起きているというのも頷ける。
 ヒトラーについての考え方、感じ方がドイツ人皆同じではなく、人それぞれであることがよくわかるし、それ故に左翼やネオナチが互いに相手を非難し合っているのが現状だということもよくわかる。このあたりは先の大戦に対する考え方が人それぞれの日本と似たような状況だが、思い入れの強さが違う。
 日本ではA級戦犯についてまるで興味がない人も多くいる。だからA級戦犯に指定されていた祖父の岸信介を盲信している孫が、現在日本の暗愚の宰相として独裁的な政治をしていても、興味がないから引きずり降ろそうともしない。そもそも先の大戦に対する反省そのものがないのだ。

 本作品の役者陣は殆ど馴染みのない俳優ばかりだが、みな達者である。多分舞台で上演しても面白いとは思うが、ひとつひとつの台詞を間違えたらシーンが台無しになる可能性のある脚本だから、やり直しのきく映画のほうが安心感がある。いや、やはり舞台で観たいかな。井上ひさしの戯曲みたいにケッサクな傑作である。大変面白かった。

耶馬英彦