劇場公開日 2021年9月23日

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「死によって問われる生きる意味」空白 サプライズさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0死によって問われる生きる意味

2021年10月11日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

知的

予告の段階でもかなり重そうだなぁと思いながら期待しており、いざ公開されると高評価の嵐で本サイトでも平均4.1という高得点。邦画でこれは期待していいのではと思い、後味悪いだろうなと覚悟して鑑賞。

いや〜...これは考えさせられる。
ちょっと時間が欲しいなと思った。言葉にするのが難しい。必然的に暗い気持ちになっちゃう映画でした。

スーパーで万引きをした女子中学生・添田花音(伊東蒼)は、その現場を店長・青柳直人(松坂桃李)に見つかってしまい逃げ出すが、道に飛び出しトラックに轢かれ死亡してしまう。

最大のポイントは登場人物のリアリティさ。
ろくに話を聞いてくれない頑固で恐ろしい父親、愛想が悪くいつも暗いスーパーの店長、お節介焼きで善を押し付けるおばちゃん、嫌味ったらしい担任、愚痴を並べる部下。こういう人いるなぁと思わせるような人ばかりで、第三者目線で見ると自分の行動を振り返ってみてこういう部分あるなと反省。事件を通して滲み出る性格がとてつもなく現実的。どの目線に立つかで気持ちは180度変わり、古田新太と松坂桃李の目線にたって考えた私は、藤原季節が好きになり寺島しのぶが嫌いになりました。つまり、素晴らしい演技力ということです。

ひとつの事件による混乱。
万引きを信じない父、自分が殺したと責める店長、周りからの目、メディアの印象操作、卑怯に逃れる学校、不安で仕方ない運転手。特にメディアの印象操作は酷いもの。「パンケーキを毒味する」でもこのテーマを取り上げたスターサンズ。今作ではより分かりやすくメディアの胸糞悪さを表現しており、基地外だの性犯罪者だの書くような奴らと何も変わんねぇじゃんと感じだ。結果的に何が言いたいのか分からないし、「お前誰だ?」に過ぎない。悪人を仕立て上げるのがお仕事ですか?松坂桃李演じる青柳の気持ちに立って取材されたテレビを見ると、イラつきというかもはや諦めというか、こんなことされたら人間を信じられなくなるなと思った。

演出、照明、編集、脚本、美術、全てが美しく心揺さぶられる。暗く苦しく重くのしかかり恐怖と困惑が入り乱れる前半。傷は治らずとも、少しずつ現実を受け止めながら光が射し込む後半。なんと言っても、ラストは少し明るい気持ちになれる演出と脚本であり、うっすらと光が見える照明、絶妙な空白、そして美術。非常に良かった。

この映画は死による「崩壊」と死を通しての「再生」の物語だなと感じた。失ったことを認めたくない。どう足掻いても帰ってこないことは知っているけど、足掻かないと生きている気がしない。けど、失うものはこれ以上増やしたくない。正直になれない古田新太演じる添田という娘を失ったことによって崩壊したモンスターが、後半になるにつれて再生への道へと足を進める。共感とか出来ないはずなのに、出来ちゃうんだなこれが。古田新太の演技に脱帽です。

しかし、どうしても納得が行かない所がいくつか。
そもそも、スーパーの店長は悪いのか?という問題。青柳という男は気が弱いためにここまで追い詰められていたが、もしもこの青柳とトラックの運転手の立場が逆だったら、こうはなっていないだろうなと思った。というか青柳ばかりを責める添田だが、殺したトラックの運転手に関しては何も触れないんだなと思った。学校とかスーパーとか責める前にまずそこ行かないんだ。

あえてこういう作りにしているのだろうけども、スッキリせずに終わってしまった。もっと重い映画を想像していただけになんか物足りなかったし、尺的にももうちょっと長くても良かったのではと思った。単純に好みの問題もあるだろうけど、どうもしっくり来なかった。

それでも、とてもよく出来た映画でした。
本年度日本アカデミー賞は古田新太で間違い無いでしょう。強烈的な演技、ありがとうございました。

サプライズ