「昔バイトしていたスーパーの話を思い出した。」空白 侍味さんの映画レビュー(感想・評価)
昔バイトしていたスーパーの話を思い出した。
日芸に入学したての頃、その頃校舎が航空公園にあり、付近にアパートを借りて住んでいた。
学生プライスなので和室12畳にガス焚きの小さな風呂がありシャワーなどもなく夏も湯船。
アパートの扉を開くと目の前はお茶畑で、二つ隣の部屋には同じ映画学科在住の小林幸子と同姓同名の子が住んでいて長閑な学生生活を過ごしていた。
そんな長閑な学生生活でバイトしていたのがハニーマートという、この舞台になった様な地元密着型の小さなスーパー。
店長が若干パワハラ気味で、同じパートのお姉さんに少しずつ攻められてる気もして慌てて辞めたのだが、数年後、そのスーパーの店長が刺されたと言うニュースを観たのを思い出した。
僕自身、数奇な人生を送っているが、今回のこの映画、緊急事態宣言で街に人が溢れかえるのを逃げる様に、過去にパワハラで話題になったアップリンクで鑑賞。
物語は淡々と進む。
今まで色々なことを自分で乗り切ってきたために、自分が正義だと疑わない父親。
受け継いだスーパーを惰性で続けつつ、全てがルーティンになり、実は常に綱渡りだったスーパーの店長。
田舎特有のエスカレーター方式で教師になってしまい、自分に対して落ち度はないと思いそれ以上踏み込めない担任。
そして、たまたまそこに居合わせたために引いてしまった女性。
その周りに渦巻く様々な人たち。
善とは、悪とは、正義とは、正解とは。
それぞれの主観が吐き出され、父親も振り上げた拳の落とし所を探すかの様に、目の前にある物を殴り続ける。
店長も殴られて、力尽きやがて倒れる。
救い謎ないのではないかと、物語の中でのもう一つの葬式の場で、古田新太は、凛とした母親とその気持ちで打ち抜かれる。
そこから話の流れは一気に変わり、バラバラになった人々が少しずつ寄り添う様になる。
なんて優しい映画なのだろう。
決定的に、赦しに向けて何かが始まるという描写は無いものの、最後の娘との心の繋がりに気付けた父親の姿でそっと優しく幕を閉じる。
僕は二つ目の葬式から涙が止まらず、食事の時に古田新太が謝罪したシーンから感情を掻き乱され続けていた。
娘の形跡を追う事で、初めて娘の姿を垣間見て、彼もそれを認めたく無いとは思いつつも、やがて事実を受け入れ始める。
Netflixで「息子のしたこと」という海外の映画があり、そちらは父親がそのまま暴走して、加害者側を殺した上に、事実を隠蔽して終わる。
あの後味の悪さを一度経験していただけに、今作の優しさに救われた。
同時に、少し前の、池袋のひき逃げ事故の事も思い出した。
様々な感情が揺さぶられ、古田新太の芝居に酔いしれる良い映画だった。
P.s. 数年前に新馬場の仕事で道端でキャップに缶バッチじゃらじゃらで邪魔なオッサンとすれ違い思わず舌打ちしたら古田新太でした。その節は申し上げございません。