劇場公開日 2020年10月9日

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「家族の誰にでも感情移入できる秀作」望み アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0家族の誰にでも感情移入できる秀作

2020年10月9日
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鑑賞方法:映画館

先週観た「浅田家!」も家族の物語であったが、何という切り口の違いであろうか。家族に向き合う真剣さという点においては甲乙付けがたいが、こちらは終始張り詰めた緊張感が素晴らしかった。子供を育てるというのは、ここまで辛いものなのかと、自分の覚悟を問われているかのような気がした。

子供を信じるという点において、この家の父と母はやや立場を異にしている。我が子は絶対に他人に危害を加えたりしないと信じる父と、例え加害者であろうと全てを受け止めようとする母である。この父性と母性の違いは、実に見事な描き分けであったと感心した。仮に子供が加害者だった場合、父の立場では救われないが、この母の覚悟であれば、子供は救われるのである。

娘の言うことも尤もであり、息子が加害者であろうとも受け入れると覚悟した母親は、娘より息子を優先したということに他ならない。いつ私が子供たちを差別したかという問いには、「今」と言えば母親は答えようがなかったはずである。それぞれの立場は非常にリアルであり、どの立場にも容易に感情移入ができてしまう。見事な脚本と演技であった。

どうすればこの映画の結末と違う結果に導けただろうか、と考えてみるが、息子が事実をそのまま話して相談してくれていれば、両親は大人の解決法を考えてくれたはずである。金がいくらかかっても、子供の人生には代えられないはずなのである。親に心配をかけたくないという真面目な子供ほど事態をこじらせてしまうというのは本当に困ったものである。

役者はいずれも好演であった。堤と石田の気持ちはどちらもどの場面でも痛いほど分かって、見ていて辛かった。清原果耶は高校受験する中学生の役であったが、確かに中学生に見えた。「なつぞら」で子供のいる役まで違和感なくこなした人が、ここまであどけなさを出せるのかと非常に感心した。とんでもない逸材である。

音楽は、物語の雰囲気をなぞるように、解決しないもどかしさを見事に描き出しており、さらに非常に重要なシーンで流されたバッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番の終曲・シャコンヌを弦楽四重奏版に編曲したものが素晴らしかった。あの場面の両親の気持ちを表すのに、あれ以上相応しい曲があるとは思えなかった。

演出は、堤監督らしく、不安をいや増すようなカメラワークが見事であった。冒頭のシーンで上空から家族の暮らす家に徐々に近付き、エンドロールでは逆に家から上空に昇って行くシーンがあたかも魂が昇って行くようで非常に印象的であった。非常に切ない映画であった。
(映像5+脚本5+役者5+音楽4+演出5)×4= 96 点。

アラ古希